経済評論家の三橋貴明氏が政府と日本銀行が、インフレ誘発のために財政ファイナンスを行えと言い出した(ZAKZAK)。財政ファイナンスは財政赤字を国債では無くて、通貨発行で賄う事だ。
日本で行う場合は、政府が発行した国債を日銀が購入して、そのまま満期まで保有する事になる。日銀が受け取る国債の金利は、国庫納付金として政府が受け取ることになるから、政府は利払いの負担から開放される。しかし、禁じ手なのにはワケがある。
1. 金利によるインフレ制御が不可能になる
現在でも日銀は、金利の調節目的で国債の売買を行っているが、政府財政を補填するためにはやっていない。インフレ率が上昇すれば、国債を売却して金利を上昇させる事ができる。財政ファイナンスは日銀が国債消化に責任を持つため、この手段を喪失する事になり、不必要な高インフレを招く可能性がある*1。
2. 財政ファイナンスのインフレは抑制困難
財政ファイナンスで高インフレになった場合、その抑制に財政赤字を削減する必要がある*2が、政治的に困難で時間がかかる。80年代後半のブラジルやアルゼンチンの高インフレを思い出して欲しい。ブラジルは1981年にインフレ率102%・実質GDP成長率-4.40%を記録しており、これで反省してインフレ抑制を行うかと思いきや、1990年にインフレ率2948%・実質GDP成長率-4.17%を記録している*3。なおブラジルの民主化は1985年だ。
3. ハイパーインフレーションの懸念
ハイパーインフレーションの懸念も出てくる。通貨保有のコストが高くなると、極限まで通貨を持たないようになっていく*4。すると、財政ファイナンスによる通貨供給増加ペースを超える勢いで、インフレーションが加速する事になる*5。こうなると、通貨が無くなるか、経済活動を国家統制するまで、止まらない。
4. 投資拡大無きインフレもありえる
インフレ率の1%や2%自体は問題にならないし、均衡実質金利がマイナスと言われる昨今では、むしろマクロ経済に良い影響を与えるかも知れない。しかし、投資が拡大してインフレになる事と、通貨の信用が毀損されてインフレになるのは違う。
通貨の信任が失われ、資本逃避が発生した結果としてインフレが発生すれば、投資水準が逆に落ち込む事さえあり得る。歴史的には高インフレで低成長と言う事も度々あったわけで、だからこそ財政ファイナンスは禁じ手とされる。
5. 『インフレ目標』と言う言葉が独り歩き
Krugman(1998)やEggertsson and Woodford(2003)が主張しているのは、中央銀行のコミットメントが何時まで低金利が続くかと言う予測のために重要だと言う事だ*6。インフレ目標と言うよりも、容認インフレ率宣言政策と言うほうが適切に感じる。ゆえに三橋氏の主張は、財政規律を重んじる人々からはトンデモだし、インフレ目標政策を提案している人々からもトンデモになっている。せめてKrugman(1998)に基づいた主張を行って欲しい。
補論:日銀の量的緩和規模について
三橋氏はリーマンショック後に日銀の量的緩和の増加率が低いと主張しているが、これは根拠を持たない。絶対値で見ると、日銀の緩和規模(B/S規模)は大きい。
増加率が低いのは、既に緩和規模が大きかったから。FRBだってゼロ金利に到達した後は、そうはB/Sの規模を大きくしていない。
なお日本の方が現金需要が多いから、もっと緩和規模が大きくあるべきだと言う主張も散見されるが、日米の差が最も小さいときはGDP比で3%ぐらいだったので、その主張が万が一正しくても、今の日銀B/Sは十分に大きい。
*1第二次世界大戦後から1951年の米政府と米連銀(FRB)の間のアコード締結までは、FRBが金利でインフレ抑制をする事ができず、米経済は高インフレであった(富田(2004))。
*2日銀保有国債が一定レベルに達すると、金利を上げても財政ファイナンスの拡大効果が大きくなり、インフレ抑制になりえない。増税と歳出削減が唯一の手段ではあるが、消費税率引き上げの事例を見る限り、時間はかかるものだ。
*3ブラジルは財政ファイナンスを抑制するようになって、インフレ率の一桁台と高成長を実現するようになった。
*4外貨、つまりドル決算などが民間では行われるようになる。また貯蓄手段として、富裕層は外貨預金を、それ以外は貴金属などを保有する。
*5「ハイパーインフレーションの理論」を参照のこと。
0 コメント:
コメントを投稿