橋下大阪市長と経済評論家の池田信夫氏の間で、インフレ目標政策とリフレーション政策(量的緩和)についての混乱が続いている。
クルッグマンが主張しているのは、どちらかと言えばインフレ目標政策だ。単純なリフレと混同したままでは、日銀がクルッグマンが主張するような政策を既に行っていると言う頓珍漢な指摘が出てきてしまう。
クルッグマン主張と池田信夫氏の批判が噛みあっていないのを確認してみよう。
1. クルッグマンの主張は14年前からインフレ予測の引き上げ
まずは橋下氏の発言だが「ノーベル経済学賞のクルーグマン氏は量的緩和論。中央銀行、もっと量的緩和やれよと」と、クルッグマンが量的緩和に効果があると認めているかのように主張している。これは間違いで、クルッグマンは1998年から14年間も、名目金利が限界までゼロに近い流動性の罠にはまっているときは量的緩和は無効で、インフレ予測を引き上げないといけないと言っている(復活だぁっ!日本の不況と流動性トラップの逆襲(山形浩生訳))。
2. 池田信夫氏が勝手に量的緩和/時間軸政策に矮小化
池田信夫氏の反論が意味不明で、クルッグマンが量的緩和に懐疑的である事を明確に示していない。そして、量的緩和や時間軸政策を“クルーグマンのいうような政策”と主張し、日銀は既に行っていたが大きな効果が得られなかったと言っている。上述のクルッグマンのIt’s Baaack!論文を読んだのか疑問なぐらいだ。
追記(2012/04/25 12:45):時間軸政策は長期コミットメントと言う意味でクルッグマンの主張に近いように思われるが、量的緩和の解除条件となるインフレ率が0%以上と低すぎた。
3. 日銀の長期の金融緩和コミットメントが何より重要
クルッグマンは、インフレ予測が低いのでデフレのままだと主張している。現在、日銀が幾ら金融緩和を行っても、将来、インフレが高まったときに日銀が引締めを行うと考え出すと、誰も投資を行わない。だから日銀は将来も金融緩和を続ける事を市場に信じ込ませないといけないと言うのが、クルッグマンの主張だ。この主張が正しいかはともかく、量的緩和や時間軸政策が意味があるとは、クルッグマンは言っていない。
4. 日本版マネタリストとクルッグマンは異なる
元財務官僚の高橋洋一氏や、経済思想史家の田中秀臣氏らのマネタリストは、流動性の罠なんか信じていないから、とにかくリフレーション政策を行えば良いと思っている。むしろ予測インフレが後から上昇するわけだ。池田信夫氏も自称マネタリストだからそう思っているのかも知れないが、それならば貨幣需要が無限大にあるので量的緩和が無効だとは言えなくなる。
5. 池田信夫氏の的外れすぎる批判
どうも池田信夫氏は、主張のカテゴライズが下手なのか、高橋氏・田中氏らとクルッグマンを同じグループに入れて批判してしまうようだ。クルッグマンは単純な量的緩和を否定しているので、両者の理論的背景は大きく異なる。
クルッグマンがインフレ予測を重視する一方で、高橋洋一氏らは量的緩和が全てを解決すると主張している。クルッグマンの示したメカニズムの方が実際の経済、つまり量的緩和の無効や人口減少による低成長の影響を良く説明する。
池田信夫氏が、かつて日銀が行った量的緩和や時間軸政策の効果を幾ら紹介しても、高橋氏・田中氏を批判するだけだ。それはクルッグマンの主張をサポートする事になっても否定する事にならない。クルッグマンは量的緩和をするなら3%以上のインフレ目標を掲げて、そのコミットメントとして長期国債を買えと言うはずだ。FRBの2%は低すぎると言っている。
6. デフレの問題点のおさらい
最後に池田信夫節に惑わされないように、デフレの弊害を確認しておこう。つまり、(1)名目金利の非負制約による実質金利の高止まりから過少投資をもたらし、(2)価格の下方硬直性から来る非効率な資源配分をもたらす。
(1)は現役世代の資本収益率がマイナス(e.g. 20年前に買った土地を現在に売却したら大損になる)である影響で、(2)は物価や賃金を下げるに下げられないため相対価格の調整が上手く言っていないと言う事だ。(1)に関して日銀の平田渉氏の理論的な整理が、(2)に関して東大の渡辺努氏の実証研究がある(アゴラ)。
2001年~2010年間の一人あたり成長率は悪くない数字であったが、デフレの弊害が無いとは言えない事は認識しておきたい(The Economist)。
追記(2012/04/25 12:00):コメントで、リフレ政策をひたすら量的緩和を行うモノに限定する事に違和感を指摘されている。リフレ派の主張もバリエーションに富むわけだがが、クルッグマンと高橋・田中両氏を区分けするために、このエントリーでは明確に分けて定義している。
1 コメント:
適切な説明、お見事です。
一つだけ、高橋洋一や田中秀臣などの議論について述べておきますと、彼らは量的緩和だけを主張しているわけではなく、言っていることはクルーグマンとまったく同じです。
確かに彼らは(ぼくも)いまの量的緩和を重視します。でも将来のインフレ期待を醸成するには、まずいま緩和から始めるしかありません。いままったく緩和していないのに、将来はインフレになるだろうという予想を作るのは、おそらく困難です。ですから、現在まず量的緩和をしろ、という議論になります。
アメリカでも、QE1があって、少し期待があがりました。QE2が出たら、だんだん「QE3はあるか」というのが話題になり、追加緩和への期待が上がってきました。ずっと緩和が続くと思えば、それがインフレ期待になります。
クルーグマンの主張は、量的緩和は効かないというのではなく、一回限りの量的緩和は効かない、というものです。すでにご理解いただいているとおり、量的緩和をしてそれをどう続けるか、というのが重要です。でも、そのためにはまず最初の緩和はいるのです。(山形)
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