非正規雇用の増加が晩婚化や少子化などの問題を引き起こしていると言う怪しげな風説が流布されている割に、非正規雇用者が増えた理由の分析は十分にされていないように思える。
斎藤(2006)を見ると、労働者側のライフスタイルの変化、企業側の賃金抑制を理由にしている。しかし、労働者が不安定で低賃金の職場に我慢しないと、企業側が望んでも非正規労働者は増えない。反フェミニスト的労働を好む女性にだけではなく、男性にも非正規労働者は増えている事を良く説明しない。
1. 検証仮説:産業構造要因説
近年特に増えた理由は、直接には1999/2004年の労働者派遣法の改正が大きいとは思うが、制度を整えたからと言って、それが利用されるとは限らない。背後には、その利用を支える要因があるはずだ。
経営者の性格が悪くなったなどの色々な仮説があると思うが、平成18年版労働経済の分析では否定された産業構造要因説を検討してみよう。産業構造の変化と非正規雇用比率の変化が一致しないと言われているのだが、産業構造の変化は既にされていて、それに労働市場が最適化された可能性もあるからだ。
2. 効率賃金仮説による説明
産業構造の変化と言えば、何だかんだとブルーカラーの職場が空洞化で無くなり、ナレッジワーカーが増えている。しかも、昔から銀行などでは色々と資格取得が奨励されていたが、ナレッジワーカーへの要求水準も増えてきているのが昨今だ。典型的には英語だが、何だかんだと自己研鑽を求められる。あまり待遇が悪いと自己研鑽もできなくなるので、ナレッジワーカーへの賃金が下がると労働生産性が下降すると仮定しよう。
こういう場合の企業利潤πは、効率的賃金仮説モデルにより以下のようになる。
nは労働力、λ(W)が労働効率性、Wは賃金、F(・)は生産(利潤)関数となる。一般的な生産関数の仮定F'(・)>0、F''(・)<0と、λ'(・)>0、λ''(・)<0も仮定しておく。nとWを微分した一階条件は、以下のようになる。
労働効率性の変化を考慮しない場合はF'(n) - W = 0になり、労働の限界生産物に賃金が一致する事がわかる。労働効率性を考えると、以下を満たす点が企業利潤が最も高くなり、労働力nに依存しなくなる。
数式から意味を取るのが難しいであろうから、簡単に図を書いてみた。
効率的賃金仮説を前提とすると、労働供給曲線が屈折し、労働市場の需給が一致しなくなる。ナレッジワーカーになれなかった人々は、非正規労働者として低賃金労働に従事する事になるのであろう。産業構造 → 実質賃金 → 非正規労働者率と言う関係が想像できる。
本節のモデルはBardhan and Udry(1999)の第4章で紹介されたものをそのまま踏襲しているので、詳しいところはそちらを見て頂きたい。
3. 計量分析
以前のエントリーで使った2007年の都道府県別のデータで、ナレッジワーカー版の効率的賃金仮説を検証してみた。ただし、産業構造データとしては、平成19年就業構造基本調査の主な産業別有業者数及び割合と言う項目から、建設業、製造業、運輸業、卸売・小売業、飲食店、宿泊業、医療・福祉に分類されないサービス業の比率を取った。
仮説から考えれば、ナレッジワーカーが多い都道府県ほど賃金が高くなり、失業率/非正規労働者率が高くなるはずだ。また、賃金と失業率/非正規労働者率は同時性が考えられるため、計量分析を行うには操作変数が必要になる。そこで、ナレッジワーカーの代理変数となる分類外のサービス業の比率を操作変数として用いて、二段階最小二乗法(TSLS)で推定を行う。
なお賃金は男性平均賃金を都道府県別物価で実質化(100万円単位)してあり、非正規雇用率も男性のものを用いた。
説明変数 | 係数 | 標準誤差 | t値 | P値 |
---|---|---|---|---|
切片項 | -1.533 | 2.9543 | -0.5188 | 0.60643 |
実質賃金 | 1.656 | 0.9413 | 1.7593 | 0.08532 |
説明変数 | 係数 | 標準誤差 | t値 | P値 |
---|---|---|---|---|
切片項 | 1.373 | 5.761 | 0.2383 | 0.812721 |
実質賃金 | 5.117 | 1.835 | 2.7879 | 0.007744 |
失業率も非正規効用率も実質賃金に有意に正の相関を持った。都市部などでより良い職を求めて失業者が増えるサーチ理論ではなく、効率賃金仮説で説明される強い根拠は示していないが、(1)産業構造が影響している事、(2)求職中ではない非正規効用率も高い事から、効率賃金仮説の方が説得力が強いように感じられる。
4. まとめ
待遇が良くないナレッジワーカーは働かないという仮説から、理論的に非自発的失業者や非正規労働者が発生する事を示し、計量分析で2007年の都道府県別データから産業構造変数を操作変数にして、実質賃金と失業率/非正規効用率の関係を確認した。その結果は、産業構造 → 実質賃金 → 非正規労働者率と言う効率賃金仮説を否定するものではなかった。
効率賃金仮説とサーチ理論の識別が課題としては残るが、産業構造の変化が非正規雇用が増えた理由は、少なからずある。過去10年間の日本は一人当たり実質成長率は高く、実はそこそこ経済は良かった(The Economist)。それでも景気を実感する事ができなかったのは、デフレとともに、低調な雇用情勢が理由にあげられると思うが、実は産業構造改革の副作用として生じた問題であったのかも知れない。
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