2011年4月6日水曜日

ある環境経済学者の原発コスト分析を考える

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反原発市民団体などが、大島堅一・立命館大教授の分析を良く引用している(原子力委員会資料第1-1号「原子力政策大綱見直しの必要性について ─費用論からの問題提起─」毎日jp)。それは、電力会社や政府の計算した原発のコストが妥当性を欠き、実際はもっと高コストな発電方法と言うものだ。しかし、その主張に、明らかにおかしい所がある。

1. 過去実績のコストと、将来予想されるコストを混同

過去の研究開発費用や、過去の原発立地関係の支出が、将来も同様にコストとして計上されるように大島教授は主張している。これは不適切だと言わざるを得ない。

大島教授の財務諸表をもとにした、実績ベースの分析でも、火力9.80円/kWh、原子力8.64円/kWh、水力7.08円/kWhと原子力が安い。しかし、政府支出を加算すると、政府補助込みの実績コストでは、火力10.68円/kWh、原子力9.90円/kWh、水力7.26円/kWhと原子力が高くなると、大島教授は主張している。

しかし、政府補助込みの実績コストは、将来コストとは大きく乖離していると考えられる。(大島教授が非公開だと主張する)公開されている政府資料を見る限り、火力・再生可能エネルギー関係の支出も多い。2009年度の原発関係の支出は、1,816億円に過ぎない。電力会社が払っている電源開発促進税3,292億円と、16兆円を超える電力会社の売上から考えると大きな値とは言えない。大島教授の分析は1970~2007年度のデータに基づいているため、近年の状況を良く反映していないと考えられる。

2. 揚水発電所を原発のための施設として捉えている

大島教授は、以下のように揚水発電所を原発のための施設としているが、これは誤りだ。

ここで注意が必要なのは、原発は出力調整が出来ないため、需要の少ない深夜電力で水をポンプで上げて貯水し、昼間に発電する「揚水発電」をしている点だ。原発のコストは「原子力+揚水」で見なければいけない。

既存原発をフル稼働しても、朝5時の最小需要にも届かない。現状の原発の昼夜の供給調整には、揚水発電所は必要は無い

実際は火力も起動に時間がかかり、発電効率の観点からは出力を変動させない方が良いため、揚水発電所が必要となっている。ただし、LNG火力は起動時間が早いとされ、必要性は低下しているそうだ(2~3時間で100%出力)。

風力・太陽光・太陽熱・地熱も、需要に応じた発電調整が不能であるため、揚水発電所が必要となると考えられる(例:国内電力の9割を再生可能に:イスラエルでの提案)。もちろん現状では原発と同様に、供給能力が低いため問題にはならない。

追記(2011/07/01 00:00):構造上は原発も出力調整運転が可能で、四国電力伊方発電所2号機で昭和62年と昭和63年に試験が行われている((財)高度情報科学技術研究機構)。

追記(2011/07/01 04:00):フランスは原発依存率が日本より倍以上高いのだが、揚水発電への依存率は低い。日本の揚水発電の出力は25.5GW(2008年)だが、フランスは4.3GW(2007年)に過ぎず、EU全体でも38.3GW(2008年)だ(London Research International - SURVEY OF ENERGY STORAGE OPTIONS IN EUROPE)。

3. 再処理工場の稼働率が低くなる理由が十分に説明されていない

大島教授は、六ケ所再処理工場の処理能力が大幅に不足していると主張する一方で、六ケ所再処理工場の稼動率を100%にする事が不可能だと指摘している。しかし、海外の稼動率実績を引用しているが、それらがなぜ稼働率が低いのかの説明は無い。

再処理すべき使用済み燃料が無い場合は、再処理工場の稼働率は落ちる。この意味では、使用済核燃料が大量にあるのであれば、稼働率は100%に近づく。単に稼働率を列挙されても、説得力に欠ける。

まとめ

大島教授の分析は、政府補助を含んだ実績コストを明確にすることで、過去の原子力行政が原発偏重であったことを示している。しかし、近年の政府支出を見る限りは補助は大きな金額では無いので、今後の原発コストとして捉えるのは無理があるように思える。また、揚水発電所のコストを、原発のコストに加える技術的な根拠は無く、バックエンド費用の見積りも設備稼働率が低くなると予想される根拠を欠いているように思える。

なお本稿は、「反原発ゆとり脳に送る豆知識」と言う挑発的エントリーに対する批判エントリーへのコメントとして記述したもので、そちらでも同じ内容を投稿した。「ゆとり脳」と言わなければ単なるメモ書きのようなエントリーなのだが、挑発につられた人が多数いるようだ。投稿者の性格の悪さを感じる。

6 コメント:

shou さんのコメント...

いくつか疑問があります
1.原発に対する交付額は現時点で下落傾向でなく今後下落する根拠もありません。また売上と比較することに意味があるのでしょうか?
2.原子力と揚水の発電量が相関していることと、原発の出力調整が難しいことを考えれば、これらを合わせて見ることは妥当です。必要がなければこれだけコストの高い揚水を建設することはないはずです。
3.バックエンドの問題は施設稼働率だけではありません。それに、稼働率が低い根拠が使用済み燃料の不足であることの証拠がありません。
以上のことから大島教授の分析に大きな誤りはないと私は思います。

uncorrelated さんのコメント...

>>shouさん
コメントありがとうございます。

売上や電源開発促進税と比較することで、電力会社が電気代から原発費用を賄っていることが明らかに分かります。また、政府補助の内訳では年々と再生可能エネルギーの比率が高まっているので、原発への補助は低下傾向と言えるでしょう。

原発と揚水発電の相関ですが、火力と揚水発電も、再生可能エネルギーと揚水発電も相関しているはずです。揚水発電の設置量は電力供給能力と相関しているでしょうから、『見せかけの相関』が発生します。

バックエンドの問題は、大島教授がコスト分析で施設稼働率が理想どおりに行くか疑問だと指摘しているので、ピックアップしました。

shou さんのコメント...

丁寧な返信ありがとうございます。

1.原発そのもののコストを考える上で重要なのは交付額の絶対値であって、補助内の比率は無関係です。また、この分析には納税分は含まれていないように見えます。
2.この資料
http://www.enecho.meti.go.jp/faq/electric/images/data02.pdf
を見る限りでは、揚水発電は火力、再生よりも原子力と強い相関があります。

蛇足
私は原子力を天然ガスに置き換えることを支持していますが、uncorrelated さんのブログには冷静な分析が多いので参考にさせてもらってます。

uncorrelated さんのコメント...

>>shouさん
原発への交付額は1,800億円強で、火力や再生可能エネルギーへの交付額を見ると、多くは無いですね。
追加の燃料費になるので判断が難しいですが、火力を原子力に置き換えている部分では、年間に1兆円以上の節約になっているようです。
http://www.anlyznews.com/2011/05/11387.html

相関関係ですが、現在の原発の潜在発電量では、一日のうち最も少ない電力需要も満たせないのは明白で、その意味では揚力発電所は必要ないです。

電力輸出ができない日本にフランスぐらい原発が設置されれば別でしょうが、現状では見かけ上の相関と言うことになるでしょうね。

uncorrelated さんのコメント...

>>shouさん
資料から見える相関関係については、補則記事を書きました。
http://www.anlyznews.com/2011/05/blog-post_25.html

masao さんのコメント...

>実際は火力も起動に時間がかかり
これは石炭火力のことでしょうか?だとしたら明記した方が良いと思います。

>フランスは原発依存率が日本より倍以上高いのだが、揚水発電への依存率は低い。
フランスは周辺国との接続があるので、周辺国の火力の調整機能を頼っているから低いということでしょう。急峻な地形でダムが造りやすく周辺国との融通ができない日本との地理的要因の違いでしょう。だから、フランスのようにダムに頼らなくても良いことにはならない。

>稼働率が低いのかの説明は無い。
事故が多いのですよ。イギリスの再処理工場は事故により再起不能になり、周囲の農地などを汚染し、そのまま閉鎖されました。六ヶ所村も周知のように不具合を起こして止まっています。もんじゅが動いていないので、そもそも稼働しても意味はないのですが、動かしたとしても、10%の稼働率がいいところでしょう。そうすると18.3兆円などでは済まず、一桁高くなる。たとえ原発に賛成だったとしても、書くリサイクルはコスト問題だけの理由からやめた方が良い。

>構造上は原発も出力調整運転が可能
調整運転で大事故を起こしたのがチェルノブイリじゃないか。調整運転ができるかと言えばできるでしょうけど、不安定になって危ないから0%か100%しか使わないのでしょ。リスクを考えると調整運転はやるべきでないし、100%でも危険だから動かすなと反対意見が多い中では世論を考えてもできないでしょう。

「公開されている政府資料」の電気自動車・民生用燃料電池の導入促進は、深夜電力の充電が目的なので揚水ダムの代わりでしょう。「環境・エネルギー分野における国際展開の推進展開の推進」もほとんど原子力関連だったはずですよ。「低炭素技術」も原発を含んでいます(というか原発関係が多い)。原子力だったはずですよ。「原子力」という言葉を使わないで印象を薄めているのです。
あと、大島氏から聞いた気がするが、「非公開」なのはこの公開資料のことではない。幾ら請求しても見せてもらえないから電力会社の財務諸表から計算したと聞いた記憶がある。実際は漁業組合に振り込まれた差出人のない10億、100億の金の出所など、訳のわからないカネが一杯あるので財務諸表でわかっている範囲でということになる。

>既存原発をフル稼働しても、朝5時の最小需要にも届かない
あの需要は、エコキュートなどの促進で増加したものもありますが(それ自体が夜間の原発の電気を使うため)、揚水の需要も含んでいたはずですよ。揚水は電力消費であり発電でもあるという変な計算だったはずです。

>現状の原発の昼夜の供給調整には、揚水発電所は必要は無い
大島氏の本が書かれた時期は原発が稼働していたのでわからなかったが、震災後全ての原発が止まってから、揚水水力の揚水利用率は見事に0%になった。何せ、汲み上げて落とせばロスが出るだけだから必要がないのに使うわけがない。計画停電中でさえ使っていないのだ。これは調べればわかる。

>火力を原子力に置き換えている部分では、年間に1兆円以上の節約になっているようです。
この計算はめちゃくちゃですよ。私が電力会社に聞いたところ、使わなくなった原発の燃料代は引かずに、代替のガスと石油代を足しているそうだ。つまり、代替燃料にこれだけ掛かると言っているに過ぎない。浮いた分は0円というのはおかしいだろう。核のゴミを資産計上しているのが、そもそも計算をおかしくしている根本的な原因だと思う。負債と資産の扱いもおかしいが、足し算引き算さえもおかしいのだ。そして、マスコミは質問や疑問さえなしに記事にしているのだ。電力会社や経産省の計算をまともに聞いているとこちらがおかしくなりそうだ。

以上より、大島氏がそれほどおかしな事を書いているとは私には思えません。相当時間を掛けて丁寧に書かれた本だと思いますよ。

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