「しんちょう・ふぉーにぃふぁいぶ」と読むのかと思っていたら、そうではなかった発行部数が2万に届かない月刊誌「新潮45」が、以前に強く非難された杉田水脈衆院議員の性的少数者(LGBT)支援に関する寄稿*1を擁護するエッセイを一斉掲載し、それがトンデモ言説だらけだとネット左派の皆さんの間で盛り上がり、大手メディアも報じることになっている。
1. 「新潮45」に社会的な影響力はほぼ無い
執筆者だけではなく、雑誌、さらには出版社を非難している人が目立つのだが、大事なことを忘れていないであろうか。「新潮45」は発行部数からして社会的な影響力はほぼ無い。電車の中吊り広告が目障りだと言っている人もいるが、この発行部数では一路線数日で数百万円かかる広告費も賄えない。そもそも中吊り広告の文言で、自分の考え方を変える人もいない。
活動家はメディアの政治的影響力を重視するのだが、過去事例では大したことが無い。1950年代に社会学者がラジオの影響力がドイツ国民のナチスへの支持を支えたと主張し、米国のプロパガンダ分析研究所もラジオの影響力を強調した*2。しかし、反ナチス放送ではナチスの勢力拡大を止められなかったし、その後の研究では、反ユダヤ主義放送では、元々、反ユダヤ主義が強い地域に小さい効果量でしか影響しておらず、そうでない地域では逆効果だったと示されている*3。また、米国の投票行動の分析により政治的影響力は大きく無いことも示された。
メディアの主張と世論の因果関係は大抵のケースでは逆。今回の場合も、年寄りの方がLGBT支援に否定的かつ本屋で雑誌などを買うので、「新潮45」はそれに迎合した誌面を作ったというのが真実であろう。一年ほど前から「新潮45」の掲載エッセイの傾向が変化したと言う指摘があったが、雑誌の生き残り戦略である可能性は高い。
追記(2018/09/22 09:59):メディアには人々がどう考えるか制御する力はないにしても、人々が何を重要な争点として考えるかには影響すると指摘された。確かに、ネット界隈のリベラルの皆さんは、「新潮45」のアジェンダ設定機能に影響されていると言える。しかし、大手メディアが連日報じる事にでもならなければ、すぐに他のニュースに埋没するであろう。大手メディアが連日報道した話も、大半は数ヶ月で風化する。
2. 「新潮45」によって浮き彫りにされる雑な議論
気に入らない言説が目に入ると不愉快だと言うのは分かるが、それだけで口を封じるのは政治的言論の自由を侵害することになりかねない。「新潮45」の編集方針は容認すべきだ。むしろ、LGBT嫌いなど「保守」の人々の考え方をISBNがついた状態で記録してくれる事は、分析や反論に役立つことになる。稚拙な議論が展開されている事は分かったのでは無いであろうか。
「リベラル」言論人の批判も、細部に終始して雑に思える。杉田水脈氏の主張を要約すると『LGBTの「生きづらさ」の解消のために政府や地方自治体が動くと直接・間接に労力・経費がかかるが、その労力・経費に見合った政策効果が得られない』と言うものだが、労力・経費に見合った政策効果があると言う反論は見かけない。
LGBT支援が必要な理由は自明では無いところもあり、LGBT支援には様々な水準があるので、もっと真面目な議論にすることもできるはずだが、保守もリベラルもこの問題で頭を使いたくは無いようだ。なお、政府は真面目に調査はしている*4。
追記(2018/09/22 14:16):週刊誌ではなく月刊誌だと指摘を受けたので訂正した。
*1関連記事:杉田水脈衆院議員のLGBT支援に関する寄稿は優生思想によるものではない
*2関連記事:テレビなどの影響を悪く言う前に読むべき「メディアと日本人」
*3Adena, Enikolopov, Petrova, Santarosa and Zhuravskaya (2015)では、ラジオを通じたナチスへのネガキャンも、ナチスの政権奪取後の選挙活動や反ユダヤ主義活動も効果があったとしているが、その効果量は95%の地域で支持率が±3%ポイント未満といった程度で大きいものではなく、また反ユダヤ主義の効果量は地域の歴史によって符号が逆になるので、信念を覆すのではなく強化する傾向が観察されている。
*4中西 (2017) 「LGBTの現状と課題 ― 性的指向又は性自認に関する差別とその解消への動き ―」立法と調査,No.394
2 コメント:
些末ですが…新潮45って月刊誌では?
>>本田さん
ありがとうございます。訂正しました。
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