数学書と言えば、定理の説明とその証明の組み合わせが続く如何にもと言う内容のものが典型だが、定理が導き出されるまでの模索について説明されることは少ない。学術史的に動機が説明される事はあるが、数学者がどのような試行錯誤を行なっているのかは、大学院に進学して教員に指導されてみないと中々見えない世界であろう。
『定理のつくりかた』は高校生に数学研究の進め方、考え方を説明した公開講座の内容を膨らませた本で、著者の数学研究の方法を中学校で教わる範囲の数学を例に説明してくれる。著者は自分の研究の進め方が普遍的なものとは限らないことを注意喚起していたが、褒める数学者はいても、疑念を挟む数学者はまだいないようなので、少なくともオーソドックスな方法の説明になっていると思う。
学習教材としてみると、証明問題の解き方の本になる。問題と言うか命題を理解し、証明をしていく道筋を模索する方法が説明されているので、証明問題を解くのが苦手な中高生の助けになるはずだ。場合分け、数学的帰納法、対偶の利用と背理法の証明に使う技法の説明もあるし、ダメな証明方法の解説もある。最後まで読めば論理が飛躍している部分の証明を加えて詰める作業の必要性も教えてくれる。数学徒が使う「ギャップを埋める」と言う表現の意味が良く分かる。
第4章「新しい問題のつくりかた」の部分は大半の数学利用者には関係ない気がするが、数学の定理の主張が誤解される事はそれなりある。一般化・特殊化したり、逆が成立するか考えたり、他の定理との関係を調べたりする発想や必要性を知っておけば、定理の理解が慎重になるかも知れない。ただし、研究として特殊化をする動機は良く分からなかった(´・ω・`)ショボーン
数学徒はともかく、オトナになったが学が足りていない普通の数学利用者が読んでも得るものは色々ある。ヘロンの公式は有名そうだが、まったく記憶にない。数学では帰納的に定理は証明できないよと言う話で、n≦5までは単純な法則がありそうに見えるモーザーの円分割問題が出てきたりする。ついでにゴールドバッハ予想を紹介する必要があったのかは謎ではあるが、未解決問題はみんな大好きだ。
各章とも例が豊富で分かりやすい。中学校で教わる範囲の数学と言うことで、例には初等幾何学が多く用いられており、四則演算が分かれば理解に苦しむものは無い。説明の仕方も念入りで、第1部と第2部、第1章から第7章までで著者が説明したい事は一通り完結した上で、第3部でピックの定理を題材に実例に近い雰囲気で復習を行なうようになっている。この定理は格子状の点を結んだ多角形の面積を境界線上の点と内点の数から算出するもので、そのような形式のデータに出会いやすいプログラマは興味をそそられると思う。
厳密には、本書が紹介する数学研究の方法が妥当なものかは数学徒でないと判別できないわけだが、素人目には一部で絶賛されているように、確かに類書の少ないテーマを緻密に書き上げた良書だと思う。文章も読み難いところは無かった。大学生にでもなると、用いている数学の範囲から読み進めるのにちょっとだるさがあるかも知れないが*1、証明問題が苦手な中高生が読めば得るものは大きいはず。得意な子どもでも、感覚的に掴んでいることを、本で言語化されることでさらに理解が進むかも知れない。
高校一年生の子どもがいる保護者は、本書を買い与える価値があると思う。数学が苦手な子には分量があるように感じる本になるので、子どもは読まずに親が代わりに読み込む事にもなりそうだが、親が勉強しないと子どもも勉強しない説もある。子育てつらい。個人的には親類の子どもの合格祝いにそっと手渡すことを考えたい。いや「勉強の話はいいから、遊ぶお金をくれ」と言われるのは分かっているんですけどね(´・ω・`)ショボーン
*1解析学と線形代数に追われることになるので、初等幾何に思考能力を奪われたくないかも知れない。
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