2018年9月1日土曜日

サマータイム導入論の裏側にある世代ギャップ

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オリンピックにかこつけてサマータイム(DST)を導入しようと言う動きは2014年10月24日には森元総理の発言であったのだが、安倍総理が8月7日に検討を指示したことで本当に導入されるかも知れないと言う不安が広がっている。

実務サイドから見るとうんざりする事しかない*1と思うのだが、官僚や財界の偉い人、一部の政治家が熱心に信奉しており、シニアで高名な経済学者の伊藤元重氏も「デメリットはあれど、サマータイムはやはり導入すべきである」と言っている。根拠に基づく政策形成(EBPM)は無かった事になっており、近年の計量分析の結果を無視しているので、世代ギャップを感じざるを得ない。

1. 多くの計量分析はサマータイムの有害性を主張している

高緯度地域では日の出入り時間の年間変化が大きく、サマータイムで夏場の日照を有効活用できると言う発想は昔からあり、第二次世界大戦から節電目的から導入国が出てきた。しかし、近年のデータを用いた実証分析によると、節電効果は無いどころかむしろ増える*2。また、日常生活に混乱を招く*3ために廃止された国が多い。健康への悪影響についても、指摘されている*4。今風のエヴィデンスに基づく政策、つまり社会実験を行なったり、自然実験を分析したりして統計的因果推論を行ない政策効果を考えるという方法からは、サマータイムは概ね否定される*5

2. サマータイム推進者は計量分析を参照していない

最近の実証研究の結果を知ってしまうと、何がサマータイム導入論を突き動かしているのかは謎なのだが、上述の伊藤元重氏のエッセイを読むとその理由が分かる。自分が考えた簡素な前提からの理屈だけでメリットを考えており、留学時の個人的体験談でそれを補強している。健康や注意力の低下による悪影響については、明示的には言及されていない。モデルは提示されていないが、簡素なストーリーから政策を考える古い方法で、今風のEBPMとは異なる。世代間ギャップがあるわけだ。悪く言えば、最近のサマータイムの効果に関する議論を追いかけていないので、変な主張を展開してしまっている。

  1. 「国内に賛成と反対の意見があり、どちらもそれほど強力な意見ではない時、今の制度を変更することは難しい」とあるのだが、導入国での評判は良くなく、廃止される例は少なくない*6。つまり、制度を廃止に動かすぐらいのデメリットがあると言える。日本も1948年から1951年は実施したが労働時間が長くなると言う理由で廃止し*7、米国でも廃止論が存在し*8、EUでは本格的に廃止に向かって検討がされる事になった*9
  2. 「米国のように3月の中旬から11月初旬までとするなら、期間全体としての省エネ効果は大きい」とあるが、過去の計量経済分析によると事実誤認である。米国の、しかも東京よりも緯度が高く電灯の節電効果が大きい一方、夏は涼しく冷房の利用拡大効果が小さくなるインディアナ州での分析で、電力消費量が増えると言う結果が出ている。
  3. 「世界の先進国のほとんどはサマータイムの制度を採用している」「採用するか否かの線引きは先進国か途上国」と言うのは、もはや詭弁である。途上国と言うネガティブな単語と結びつけようとしているが、先進国でもダメな政策(e.g. 消費税の軽減税率)を採用している事はあるし、後進国でも優れた手段(e.g. 清朝のペーパーテスト/科挙は、公平性を評価され英国の公務員採用試験に模倣された)を用いている事はある。

統計的因果推論は時と状況によって推定結果が安定しない場合も多々あり、後から考えると簡素な理論の方が正しいこともありえるのだが、多岐にわたる効果が予想されるサマータイム導入で、既に分かっている計量分析結果を参照しない手は無い。サマータイムの件を見る限り、エビデンスの時代に置いてけぼりになっていると言わざるを得ない。

3. 政治家や有権者に、EBPMを周知して欲しい

政治家のサマータイム導入論は「(開始時刻を深夜にでも早朝にでもできるスポーツ・イベントの)暑さ対策になる」「(オリンピックまでの導入は)律儀で真面目な国民ならば十分乗り切れる」(健康被害は)「個人の心構えにより、多くは解消されるはずだ」と、さらに思い込みによって構成されたものになっている。学者でもEBPMなんて無いような言説を唱えるわけで、政治家の皆様を責められないわけだが、日本が没落しないように考え方のアップデートをして頂きたい。

学術的には「軽減税率は世界の潮流でない」と言われている昨今で、いつもは議論百出にも関わらず、軽減税率に関しては学者や財界人の委員がこぞって導入反対を表明し、「これほど意見がそろう議題は記憶にありません」と評された政府税制調査会*10を無かったかのように消費税の軽減税率を決めた安倍政権が、何かの勘違いでサマータイムを導入するのではないかと心配でならない。世論調査で徐々に反対が増えてきたのが頼みである。

*1システム・エンジニアの観点から言うと、まず、形式にそって日付処理を行っていないシステムは多分に存在しうるので、それらをしらみつぶしにチェックしていく必要がある。例えば、翌日が24時間後とは限らなくなるので、明日の同時刻を計算するのに24時間後を計算する処理は問題を引き起こす可能性が出てくる。次に、日付がずれる前後でのバッチ処理の開始時刻をどうするか検討し、調整しないといけない。時刻切り替え前後で処理開始時間も含む時刻が飛んだり、同じ時刻が二度現れたりする他、サマータイム開始時は物理的にバッチ処理を走らせる時間が減るので、いつぞやかの金融機関のようにバッチ処理が終わらなくなってトラブルが生じる可能性がある。

*22006年のインディアナ州のサマータイム全面導入を使って、既に導入していた郡と2006年に導入した郡を使って差分の差分法(DID)で分析したところ、消費電力が増える効果が確認された(Kotchen and Grant (2011))。暑い時間帯での活動が増えて、エアコンの消費電力が増えるからと説明されている。

*3時間の切り替え前後で、生産性が落ち交通事故が増える事が知られている。なお、交通事故に関しては通年では減ると言う考えもあるのだが、根拠は1970年の研究になるようで、分析手法に問題がある可能性が高く信憑性は低い。

*4日本睡眠学会「サマータイム — 健康に与える影響 —

*5肯定的な結果もある。2007年の米国のサマータイムの4週間延長(The Energy Policy Act of 2005)を使ったDIDによる分析では路上強盗が減る(Doleac and Sanders (2015))。路上強盗は日没後が多いので日没前に帰れば安全と言う理屈で、犯罪防止効果はあると考えられる。日本でも、ひったくりが減るかも知れない。

なお、日本の東西で日没時間が異なるのを利用すれば、同季節・同時間帯での日没前後のひったくり件数の影響を確認できるであろう。DIDになるが、(a)東西地域ダミーと(b)時間帯ダミーと(c)東西地域ダミー×薄暮時間帯(17時~19時)ダミーの入ったひったくり件数を回帰する式で、(c)の係数が有意であれば、日照の影響があると言える。警察の公表資料を見るに、都道府県別に時間帯別のひったくり発生件数のデータはあるようだ。

*6世界時計 - 世界の時間と時差 — サマータイムについて

*7サマータイム、GHQが一時期導入 その後は不発 - 産経ニュース

2017年7月1日~8月31日に、兵庫県職員の一部の勤務区分で勤務時間を前倒しにする実験が行なわれたが、やはり労働時間が伸びると言う理由もあって今年は行なわれなかった。

*8米国でサマータイム廃止議論 健康への害や交通事故増加を指摘する声も

*9EU、夏時間廃止の方針=市民調査で84%希望-欧州委、加盟各国に提案:時事ドットコム

*10関連記事:労働組合・経営者・税理士・学者「軽減税率反対!」自民党・公明党「皆様の理解を得たので軽減税率を導入します」労働組合・経営者・税理士・学者「」

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