2020年11月23日月曜日

法規制ではなく自主規制で女性表現を制限すべき理由を捻り出すのは難しい

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ジャーナリスト/メディア・コミュニケーション学者の渡辺真由子氏のマンガ・アニメ・ゲーム内の性的描写規制論*1がなかった事にされているのが気になるのだが、ジェンダー社会学者の堀あきこ氏や小宮右近氏の言説を参照して、ツイフェミは法規制は求めていないと言う話が見られるようになった。しかし、高橋幸氏のように代わりに自主規制を求めていく*2と話がおかしくなる。

法規制や自主規制を求める前に、何かの倫理や道徳をもとにある種の女性表現の悪さを考えているわけだが、悪い事だから自主規制しろと言う話が成立するのであれば*3、法規制で社会からなくしてもよいはずだし、実際問題、手っ取り早い。なぜ自主規制であるべきで、法規制であってはならないのであろうか? — 正当化できないか考えてみたのだが、そう自明な議論は無さそうだった*4

世の中、自主規制は広く見られるが、女性表現で上手く機能するとは思えない。公的規制がなくても無規制では遅かれ早かれ惨事を招くか、その可能性が高いことがわかっている場合は、損害賠償を避けるため、顧客や見込み客や就業可能性のある労働者の業界イメージを高めるために、業界団体などが自主的に規制する事は可能だ。クリエイターが理解できる悪さがそこにあり、損得勘定が誘引するのであれば女性表現の自主規制は成立しうるが、理解も利益も無さそうである。なお、日本広告審査機構(JARO)を自主規制に使うようなアイディアが出されていたが、景品表示法や医薬品医療機器等法などに抵触する可能性がある場合を審査しているので、追加の法規制がいる。

そもそも、どのような女性表現が問題なのか、そこにどのような悪さがあるのか、ツイフェミ(とジェンダー社会学者)の説明が場当たり的で混乱しているのが現状だ*5。用語の使い方に誤りがあるように思える*6し、参照している文献をちゃんと読んでいるのか疑わしい議論もある*7。どうやってその悪さを押さえ込んで行くのかと言う段階に達していない*8わけだが、法規制ではなく自主規制を求めていると言うのは、ツイフェミの議論の問題を修正しない。「自主規制を求めているだけだから理屈を追求して反対するな!」と言う詭弁に思えてくる。

*1関連記事:渡辺真由子のマンガ・アニメ・ゲーム内の性的描写規制論を振り返る

*2規制の問題を考えるときには「わいせつ」と「性差別」を区別しよう:堀あきこさん「性表現の規制をフェミニストは求めていない」(基礎文献1)を読んで考えたこと - ポストフェミニズムに関するブログ

*3説得の方法によっては自発性がなくなり、自主規制と言うよりは、制裁をちらつかせた強制となる。

*4網羅的ではないが、思いつくところは以下:

  1. 日本国憲法第21条に抵触するのでできないと言う理屈が思いつくが、猥亵物颁布等罪に限らず、名誉毀損や侮辱などの表現は禁止されているので、表現の自由が無制限に認められているわけではないし、憲法第21条の改正を訴えてもよい。憲法を理由に、法規制ではなく自主規制であるべしとは言えない。

  2. 罰則規定を設けると、違反者が続発して司法が処理しきれないので、自主規制であるべしと言う理屈もあるかも知れない。しかし、罰則規定があるのに不正を続ける人々がどれぐらいいるのかは未知だし、実際のところ各種現行法の取り締まりは恣意的に運用されている。法規制の導入の阻害にはならない。

  3. 罰則規定を設けるほどの害悪では無いとしても、罰則なしの違反行為もあるので、法規制を避ける理由にならない。

  4. 不正な女性表現を言語化できていないので条文が書けないと言うのもあるかも知れないが、それはジェンダー社会学者の学力に問題があるか、そもそもそれが不正ではない蓋然性が高い。女性表現それ自体に道徳的問題はないが、刻々と変化する社会的状況(ジェンダー社会学者の言う「文脈」や「背景」)によって存在が不道徳になる場合でも、具体的な判断を裁判官に委任するような条文を書くか、随時、法律を書き換える事もできる。

  5. 問題とされる女性表現が法規制によって隠されてしまうと、女性の表現のされ方への批判も性差別の議論もできなくなるので問題と言う議論もあるが、自主規制でも隠されてしまうのは代わりがない。そもそも表現物はゾーニングが容易なので、全面規制しない限りは議論が不可能になったりはしないと思うが。

*5(a)性的モノ化されていると言うのが定番の非難であるが、性的モノ化の議論を追いかけると当てはまらない女性表現も多いし、性的モノ化されていたからといって直ちに悪いとは言えないことを失念している(関連記事:過去のフェミニズムの議論からは、性的モノ化された萌え絵が有害の可能性は低い)。他にも(b)エロティックでケシカラン(関連記事:女性の乳房が大きいことやそれが目立つことを非難するのは、スラット・シェイミングと呼ばれるフェミニストが非難する行為)、(c)男性の性暴力などを促進する、(d)性役割/性別分業の再生産をもたらす、(e)それ自体が女性には不快に感じられるなどの多様な非難がされているし、同じ論者が論点を刻々と変えていくケースも観察される(関連記事:日本赤十字社の理念は「お気持ち」ではなく血液製剤の安全性と品質の向上という帰結重視ですよ)。なお、フェミニストの美術評論家イートンさんの議論を踏襲すれば、(f)男性の伝統的な理想の女性観を肯定している(i.e. 犯罪賛美に感じる)と言うのも出てくるはずだが、今のところは見かけない。

*6関連記事:ジェンダー社会学者が適切に用語を選んでくれないので話が分からなくなる問題

*7関連記事:主題「スザンナと長老たち」で比較する、性的モノ化された裸婦画とそうでない裸婦画

*8今まで問題とされた案件を整理する事で見出せる法則はある(関連記事:エロ可愛い格好は女性に有害ツイフェミにとってan・anのSEX特集は健全で、宇崎ちゃん献血ポスターは女性差別である理由アツギの #ラブタイツ で問題になった絵も、エロ可愛いところが問題)のだが、フェミニスト/ジェンダー社会学者が整理整頓して提示してくれているわけではない。

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