2018年3月1日木曜日

子宮頸がん/HPVワクチン副作用に関する名古屋スタディの統計分析の問題点

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

速報が名古屋市のウェブサイトから消された事で話題になった子宮頸がん/HPVワクチン副作用に関する名古屋スタディの統計分析が、Papillomavirus Researchと言う学術雑誌に掲載された(Suzuki and Hosono (2018))。

論文掲載だけでは確定とは言えず、論文の粗を探し出し、他の研究とつき合わせて初めて科学的な結論が出てくるのだが、副作用が無いことが明らかにされたと調子にのっている人がそこそこいるので、この論文の粗を指摘しておきたい。

この手の疫学調査で常に悩ましいのは、比較対象が狙った処置以外の点において均質にならない事だ。ワクチン接種の場合だと、健康状態の良い人々がワクチン接種を行ない、健康状態の悪い人々が接種しないような可能性が入る。所謂、内生性の問題。

Suzuki and Hosono (2018)は、内生性のコントロールに失敗している蓋然性が高い。年齢調整済のワクチン非接種群と接種群の症状や来院や慢性化のオッズ比をみているTable 3を注意深く見て欲しいのだが、主な結果とされている症状のオッズ比を見ると24項目中14項目で、95%信頼区間の上と下が両方とも1を切っている。両方とも1を超えたものは無い。24項目もあれば1つや2つが1を切ることはよくある偶然であるが、14である。

ワクチン非接種群と接種群の健康状態に違いが無いと言う解釈はできない。統計的にワクチン接種群の方が健康である可能性が高い。子宮頸がんの罹患率が低くて健康ならば良いのだが、全般的に健康だというのはどういうことか。もともと健康な女子にHPVワクチンを接種し、不健康な女子は接種しなかったのでは無いであろうか。すると、もともとワクチン接種群は健康なので副作用が相対的に小さく見えるのではないかと言う懸念が生じることになる。

ワクチン接種前の接種群と非接種群の健康状態の偏りに、分析結果が左右されている可能性が高い。単純にワクチン非接種群と接種群の比較をしてはいけなかった。現実的に、ランダム化比較実験(RCT)ができないのはわかる。しかし、HPVワクチン接種前の健康状態、例えば学校の出席率などで健康同士、不健康同士のマッチング*1を行なって、HPVワクチン接種グループとそうでないグループとの比較をすべきであった。

他にもバイアスが入るかは不明だが、郵送による質問で有効回答率は43.4%となっており、ちょっと信頼性は低くなっている。こういう調査、なかなか一筋縄にはいかないし、上手くいかない場合でも公表していくべきだと思うから、Suzuki and Hosono (2018)を非難する気はしないのだが、解釈する方はもっと慎重に捉えるべきだと思う。

あまり脇の甘い調査に頼って主張を展開すると、反ワクチン派に付け込まれますよ?

追記(2018/03/03 14:06):色々と質問や疑念が投げかけられているので、追記しておきたい。

  1. 医師を含めて内生性や自己選択バイアスを気にしない人々がいるようなのだが、内生性を制御しないと飲酒や喫煙が健康に相関をもつことすらあり得る。つまり、不健康な人は健康に気遣うので飲酒や喫煙を避け、健康な人は気にしない場合、飲酒や喫煙をしない状態の健康状態を制御しないと、飲酒や喫煙と健康に正の相関が出たりする。
  2. ワクチン接種者の比率が減ったCohort 5は内生性が減っているのではないかと言う指摘があった。実際、Cohort 5のオッズ比で有意に1未満のものはなくなっているが、減った内生性バイアスと副作用の影響が均衡している可能性が残るため推定結果から何も言えないのは変わらない。内生性バイアスはゼロにはなっていないはずなので、ゼロになっていると言うことは副作用があると言うことになる。また、Cohort 5だけではサンプルサイズが小さくなるので、推定誤差が大きくなっていることにも注意が要る。
  3. 接種前からあった症状の影響を除くために、Subgroup analysis IIを加えていると言う指摘があったが、その結果のTable 6を見ると24項目中12項目で1を切るオッズ比になっており、同様に内生性が生じている可能性がある。そもそも、接種前から症状がある人々のみが、身体が弱い人々と言うわけでもない。
  4. 著者の「重い症状が増えるなら軽い症状も増えないと説明がつかないが、この調査ではそのような結果にはなっていない」と言う説明を引いて、内生性バイアスが無視できるかのようなコメントがついていたが、それは、この論文では軽い症状を分析していると言う意味でしかないので関係ない。

*1Propensity Score Matchingがよく知られた方法だが、一次元化によるバイアスが言われており、最近はMDM:Mahalanobis Distance MatchingやCEM:Coarsened Exact Matchingが流行っている。

0 コメント:

コメントを投稿