2017年6月13日火曜日

財政政策を緊縮か反緊縮かの一軸で見ることなかれ

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

ネット界隈のリフレ派の多くは、財政政策では反緊縮を合言葉にし、増税を嫌っている嫌税派でもある。外国事例や各種文献を持ち出しては、増税忌避を正当化しようとしているのだが、反緊縮を謳っていても反増税とは限らない。財政赤字の縮小ではなく、福祉予算の削減を緊縮と呼ぶことがある。財政政策を一次元では無く二次元で見るようにすると、リフレ派が参照している事例や文献は、リフレ派が求めているものではないことも多い。

1. 二軸で見る財政政策への嗜好

財務省の手先と罵られている麻生太郎氏などがそうだと思うが、景気の良し悪しで許容する財政赤字を変える人は多いので、ここ4年間ぐらいの景気改善を所与にし、財政赤字と福祉予算の二次元でネット界隈の嗜好を分類してみれば、以下のような感じになる。

2. 和風保守とリベラルの位置

2012年の消費増税を中心とした三党合意から、日本の保守勢力は増税による福祉予算の維持を嗜好していることが分かる。リベラルを自認する人々は、現状より福祉予算を増やそうと言っているが、1990年代中盤以降の今の北欧を模倣とすることが多いので、右下の領域に嗜好がある。1980年代初頭までとは違い、今の高福祉国家はインフレ選好的ではない。米国でリバタリアンと呼ばれる人々は、夜警国家を目指しているので左下の領域だ。

リフレ派界隈で人気だった「経済政策で人は死ぬか?*1は、リベラルな人が福祉予算の削減を批判した本で、図で言えば横軸についての話が書かれていたが、なぜかリフレ派は財政再建、図で言えば縦軸の議論だと受け取っていた。先日の選挙で躍進した労働党のコービン党首が反緊縮だと喜んでいたが、労働党マニフェストを見ると社会福祉予算充実のための増税が書かれている*2ので、コービン党首も福祉予算削減を批判していると取るべきであろう。

3. アベノミクスの位置

アベノミクスは、左より中段となる。安倍総理は自分も賛成した三党合意による消費増税を二度も延期しており、和風保守よりは財政赤字を好んでいる。ただし、増税延期のためなのか、高齢者医療の自己負担率引き上げなどの福祉予算の抑制も行なっているので、財政赤字の拡大を強く望んでいるとも言えない一方、和風保守よりはリバタリアン的になる。なお、政治的な駆け引きの結果かも知れないので、安倍総理の嗜好と言うより、アベノミクスの方向性と捉える方が良いであろう。

4. ネット界隈のリフレ派の位置

ネット界隈のリフレ派は自体はどこを嗜好しているのであろうか。経済学史を専門とするリフレ派教員は、福祉予算など拡充しなくても、景気改善すれば問題解決するような主張をしていた一方、消費増税には昔から強く批判的であった記憶があるので、もともとは左上段を嗜好していたと思う。最近はマルクス経済学者の松尾匡氏の影響を受けて、国債発行による福祉予算確保を主張しているので、右上段に嗜好をシフトしているようだ。1980年代前半までの北欧を目指していると言ってよいと思う。

5. 左派/リベラルはなぜ財政赤字を嫌うのか?

リフレ派は「なぜ日本の左派で反緊縮が主流になっていないのか?」と言うような問いを立てるが、緊縮の意味をはっきりさせるために「左派/リベラルはなぜ財政赤字を嫌うのか?」と書き直そう。答えは恐らく、現代の北欧風の高税率・高福祉国家を目指しているからだ。財源なき福祉拡充が持続不可能な高インフレをもたらすことを、80年代までの北欧の経験が示している*3のは、何となくは理解しているのであろう。

左派/リベラルがリフレ派を嫌っているのは当然で、特に初期のマクロ経済政策万能論は、対極に位置するといっても良いし、今のアベノミクスはそれに近い。(財政赤字が誘発するであろう)インフレの方が経済成長率が高い、インフレを引き起こせば貧困緩和になるような事を示せれば、左派/リベラルを説得する事もできるのかも知れないが、近年はデフレでも経済成長するといわれている*4し、インフレで貧困層が受ける打撃が少なくない事が示されている*5

6. リフレ派が左派/リベラルを仲間に引き込むためには

リフレ派が左派/リベラルを仲間に引き込むためには、どうしたらよいであろうか。2011年ぐらいであれば、景気が悪いので増税は経済に悪影響と言う論法はあり得て、それなり説得力があったであろうが、1990年代初頭のバブル期以来と言う雇用情勢では、これでは説得が難しいであろう。他の理屈を考えるべきだ。

不可能ではないと思う。左派/リベラルは住宅ローンを抱える中間層が多いと言われるので、インフレーション発生時の個人的利益に訴える事で*6、リフレ派に引き込む事が可能かも知れない。左派/リベラルだって社会的困窮者よりも、自分の生活の方が気になるものだ。労組だって本当の社会的困窮者には暖かいとは限らない。だって、人間だもの。

*1関連記事:社会福祉の維持のための増税の是非も議論して欲しい

*2英総選挙で労働党に政権交代なら-コービン党首のマニフェストを検証 - Bloomberg

*3例えば、1970年代から2016年までのスウェーデンの財政赤字とインフレ率を確認すると、1980年代前半に政策転換があったことが分かる。特に1993年以降はユーロに対して通貨価値を安定させる目的もあり、景気対策としても財政・金融政策を積極的に講じていない(関連記事:りふれ派はスウェーデンに触れてはいけない)。

*4関連記事:世界はデフレでも成長している

*5Easterly and Fischer (2001)を参照。南米で『インフレの高進により、不動産や金融資産などのインフレ・ヘッジの手段を持つ層と持たない層の格差がさらに広がった』事だけでも、何が起きるかは想像がつくと思う。

*6インフレが起きると、資産を多く保有する高齢者世帯から、住宅ローンを抱える中流の若年世帯に所得が移転する」と言う米国の研究がある。

0 コメント:

コメントを投稿