加計学園系列の岡山理科大学の今治市の獣医学部の設置に関して「有識者議員による国家戦略特区に関する記者ブリーフィング」が行なわれ、民間の有識者議員がその正当性を説明していた話を確認してみたのだが、選ばれている有識者議員はミクロ経済学の教科書的に寡占市場をより競争的にすることにだけ問題関心があり、獣医師養成カリキュラムや感染症の水際対策、獣医師偏在問題にはほとんどない事が分かった。
1. 参入規制緩和推進チーム
参入規制緩和推進チームであることを確認しよう。配布資料を見ると「1、岩盤規制改革がようやく実現した」と岩盤規制の打破を目指してきた事を隠していないし、記者会見を見ても「医学部や獣医学部の新設を認めない告示そのものを撤廃すべき」「告示で新設を規制することについての根拠を示せないのであれば、告示の廃止をすべき」と参入規制の弊害を前提とした上で、相応の理由が無い限りは参入規制を撤廃すべきだと主張している。寡占状態の緩和を目的としているのは間違いない。
2. 石破4条件は無視している
寡占の緩和は重要な政策課題であるが、この目的達成のために良く考えずに方便を展開している事が、記者会見からは見えてくる。政府政策としては、必ずしも寡占状態の緩和を達成すれば万事が済むと言うわけではない。石破4条件と言われる閣議決定では需要動向に応じて獣医師の養成数を政府が調整することを求めている。石破4条件が取り消されない以上は、国家戦略特区諮問会議は精緻な需要予測なしでは獣医学部新設を許可できない事になっているはずだ。
3. 獣医師市場の状態評価と将来予測が無い
政策工房の原英史氏は、ライフサイエンスや水際対策で新たな需要があるはずだが、裏づけとなる数字は持っておらず、それの所轄になる厚生労働省にもヒアリングはしなかったと言っている。農林水産省は、2016年に畜産や犬猫の飼育頭数の減少傾向を示しており(獣医事をめぐる情勢)、有識者議員は需要減を上回るライフサイエンスや水際対策での需要があることを示さないといけないのだが、その作業はしていない。2007年の古い需要予測を見て満足している。また、獣医として活動していない獣医師が相当数あり、寡占市場といっても賃金がそれを下回ると獣医の成り手がいなくなる留保賃金付近になっている可能性もあるが、これも無視している。
4. 獣医師養成カリキュラムに関心は無い
石破4条件では、獣医学部新設にあたり、既存の大学・学部では対応困難な獣医師が新たに対応すべき具体的需要が明らかになることを要求している。
今治市の提案にある新しい分野への対応が、既存の獣医学部では無理なことを示す必要があるが、記者会見では示されなかった。「平成27年6月8日 国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)」を読む限り、文科省は既存の獣医学教育のカリキュラムの改正により、人獣共通感染症学、動物感染症学、食品衛生学、食品衛生学実習などを加えており、また疫学調査も各大学で実施されていると提案にある内容は対応できていると説明しているが、有識者議員はそれを否定する情報を持っていなかった。
京都産業大学と加計学園・岡山理科大学の獣医学部設置構想の詳細な比較を行なった形跡も無い。京都産業大学の提案書を読むと、ライフサイエンス分野として創薬分野の研究開発にあったニーズとして、実験動物学に重点を置いたカリキュラムを提案しており、他大学のカリキュラムを分析した上で、中型実験動物であるブタの教材利用をアピールする詳細かつ具体的なものとなっている。既存学部では小動物での実験しかできないという新奇性アピールも分かりやすい。感染症防疫についても、言及がある。また、既存の動物生命医科学科の教員や研究業績なども示している。加計学園と言うか今治市の提案書(添付資料)は、“国際水準”と抽象的なアピールに留まっている。カリキュラムの内容だけでみれば京都産業大学の圧勝だと思うのだが、有識者議員はどのように考えたのであろうか?
なお、加計学園・岡山理科大学では行なった文科省と農水省への有識者議員のヒアリングは、京都産業大学に関しては行なわれていない。
5. 感染症の水際対策の実態にも関心がない
配布資料に「四国全域で獣医学部が存在せず感染症の水際対策などの切実なニーズがある」とあり、原氏が「感染症対策、水際対策を考えたときに、周辺に一つも獣医学部がないというのは大きな問題になる」と主張している。今治市が「危機管理発生時の学術支援拠点」と言っているせいであろう。しかし、官公庁が出している感染症の水際対策についてチェックしてみたのだが、付近の獣医学部が何かをするようなプロセスは書かれていなかった。獣医学部がある宮城県の口蹄疫流行でも、獣医学部が何か役割を果たしたわけではない。獣医が初期段階で感染症を見抜けなかったり、獣医が不足して殺処分が滞ったりすれば大問題にはなるのは理解できるが、獣医学部自体が必要と言うのは無理な議論である。
6. 唐突感のある獣医師偏在問題への言及
石破4条件には、獣医師偏在問題への言及はない。四国全域で獣医学部が存在しないことを今治市の優位性として挙げているが、獣医師養成カリキュラムの優劣の方が重要な評価になるはずだ。さらに、地域に獣医学部が存在することが、公務員獣医師の不足解消に大きくつながるのか自体が疑わしいく、公務員獣医師の待遇改善の方が有効ではないかと言う有識者議員の八田氏がもともと述べていた代替案もある。なお、記者会見で記者からの質問で言及があったが、八田氏は返事では触れなかった。そもそも四国は飼育頭数に比較して公務員獣医師が少ないわけでもなく、飼育頭数自体も多い方ではないので、この基準で言うと京都のある近畿の方が有利に思える。
7. 石破4条件や参入数制限が無ければ、妥当である
もし、石破4条件が無ければ、参入規制の存在自体が問題とする国家戦略特区諮問会議の有識者議員は、需要やカリキュラムに対する無関心を宣言した上で、今治のプランも京都のプランも許可して終わりにしたであろう。参入規制の撤廃か緩和が目的なのであって、それで筋は通るのである。獣医師の質は国家試験で担保されていることになっているし、大学経営の安定性については文科省が別にチェックを入れるから気にしなくて良い。原則、申請は全て認めるわけで公平性の問題もない。
しかし、石破4条件は実際にあるわけで、参入数の制限も後からではあるがついた。この政治的に課せられた制約では、どうしても獣医師市場の状態評価と将来予測や獣医師養成カリキュラムについての詳細な検討が必要になるし、感染症の水際対策への見識も必要になる。ところが、国家戦略特区諮問会議の民間議員は参入規制緩和推進チームであって、参入規制の適切運用を考えるチームではないのだ。
8. 求められる「これまでの閣議決定とは異なる新しい判断」
どうすべきであったであろうか。石破4条件や参入数制限を無くした上で、国家戦略特区諮問会議の民間議員に任せるべきだった。もちろん、実質的に全国一律解禁になるので、特区に指定する意味などなくなるわけだが、この国家戦略特区ワーキンググループの不器用さ、もしくは抱えている案件の数から来る多忙さからするとそれしかない。ハチャメチャな主張に思えるかも知れないが、少し考えて欲しい。日本のどこに特区を作ろうと、特区の獣医学部の卒業生は特区外でも働く事になる。特区のみで獣医学部の新設を認めることが、そもそもハチャメチャなのだ。
既得権益者の反対云々と言う人もいるが、不可能でもない。安倍総理が「獣医師会からの強い要望を踏まえ、まずは1校だけに限定して特区を認めたが、中途半端な妥協が国民的な疑念を招く一因となった」と、獣医学部の新設をさらに認める方向で検討を進める考えを示した。参入数規制はもはや無い。あとは、石破4条件を「これまでの閣議決定とは異なる新しい判断」によって消し去ればよい。
実の所、獣医師養成と言う枠をはめたら、既存学部との相違を出すのは難しい。つまり、石破4条件こそが岩盤規制になっているわけで、参入規制の緩和を目指すのであれば、これを打破すべきなのである。無視すると野党に突っ込まれるわけだから、ここは潔く無くすべきだ。
ところで国家戦略特区諮問会議の民間議員の仕事をdisった上で、参入規制の緩和を求めているからと言って、「オマエはどっちの味方なんだ?」などとは言わないように(´・ω・`)
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