2015年5月26日火曜日

社会福祉の維持のための増税の是非も議論して欲しい

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昨年ぐらいから話題の左翼やリベラルを標榜する人が良く読んでいる「経済政策で人は死ぬか?」をようやく拝読してみた。幾つかショートストーリーも挟まれるのだが、似たような悪い経済環境で異なる政策をとった二つの国を自然実験として統計比較する主体としたエビデンス・ベースの議論になっている。緊縮財政として特に公衆衛生や貧困対策などの社会福祉政策に関する歳出削減を強く批判している一方で、増税に関する議論がほとんど無いのが気になった。また、自然実験とされる比較が、必ずしも似た状況の国同士を比較していない気がする*1

第1章で大恐慌が取り上げ、不況が精神衛生を含めた健康*2に悪影響を及ぼすこと、政策的にそれが緩和されたことを確認した上で、自然実験になっている他の事例を見ていく。第2章の社会主義からの移行速度が与える影響の全体の文脈での位置づけが良く分からなかった*3のだが、第3章でアジア通貨危機におけるマレーシア、タイ、インドネシアの比較や、第4章、第5章のリーマンショック後のアイスランドとギリシャの比較から、不況下で社会福祉政策を緊縮対象にした経済よりも維持・強化した経済の方が、死亡率など健康面などの数字のみならず、国内総生産(GDP)などでも好調である事を指摘した上で、第6章の医療制度、第7章の失業対策、第8章の住宅政策の効果が大きいことを示していく。全体としては社会福祉政策が貧困緩和や公衆衛生に良く機能する一方で、経済成長にも貢献する*4と言うのがメッセージだ。

問題も無くもない。エビデンス・ベースの議論なのだが、エビデンスの示し方が恣意的に思える所がある。まず、自然実験として比較している国々だが、似ているように思えて経済状態にかなり差があった。例えばアイスランドとギリシャを比較している*5が、無理は無いであろうか。リーマンショック後に、ギリシャは政府がデフォルトしたが、アイスランドは金融機関はともかく政府は破綻していない。アイスランドの通貨はクローナで、共通通貨ユーロでもない。財政緊縮が要求されているレベルが違うわけで、ギリシャがアイスランドと同様の政策をとったとして、財政を維持できたのかは疑わしい。次に、増税に関する議論がほとんど無い。全体として示されているのは、緊縮財政ではなく、社会福祉削減の弊害だ。増税による社会福祉充実も選択肢に入るはずだが、その議論は無い。アイスランドは社会福祉を維持する一方で増税を行なっているが、本書ではIMFの事後評価レポートからの引用(P.137)に含まれる以上は触れていない。

書かれた主張は興味深いものではあるが、個別の事例で社会福祉が維持可能であったと見なせるかは疑問だし、歳出削減を批判しているものの増税への評価は良く分からないので、気になる所が議論されていない感じも残る。本書を緊縮財政反対の根拠としている人もいた気がするのだが、そういう用途に使える内容の本ではなかった。どちらかというと、緊縮財政の中身を問題としている本に思える。

*1異なる国家が厳密に同じ状況に直面することはなく大雑把な議論にならざるを得ないので、無理難題を言っている。

*2鬱による自殺、飲酒による成人病など、精神衛生の悪化からの不健康も含まれる。

*3急激な社会変革で失業者を増やすと、国民の健康に重大な悪影響を及ぼし、結局は改革も上手くいかない事例ではあるのだが、全体は社会福祉支出の重要性でつながっているので位置づけが分からない。

*4社会福祉の乗数効果は大きいので、歳出以上の税収が期待できることが議論の前提にある。無限に社会福祉を充実させれば無限に成長できてしまうような記述なのだが、そもそも現状の社会福祉が不十分である事が前提になっているのであろう。

*5アイスランドとギリシャで章は分かれているのだが、「ギリシャはアイスランドとは逆の意味の“実験台”となった」(P.144)とある。

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