2014年4月17日木曜日

井上久男に感じる現代ビジネスの組織的欠陥

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小保方晴子氏を「犠牲者」にした独立行政法人・理研の組織的欠陥』と言う記事があがっていた。著者の井上久男氏はかつて大学院でベンチャー論を研究しており、国立大学法人でも2年間特任講師を経験したそうだが、本当にアカデミックなポストに就いていたのかが謎な感じだ。現代ビジネスと言う週刊誌が、井上氏を混乱させているのであろうか。主張の是非もそうなのだが、日本語の作文として破綻してしまっている。

1. 理研の体質が真実であったとして、犠牲者と言えるのか?

井上氏は、理化学研究所の体質が独立行政法人化されて変化しており、

  1. 研究が特定の分野に偏りつつある
  2. 実力もないのに所属する研究者を売り出そうとする
  3. 研究成果をマスコミ記事に掲載させたりする動きも強まっていた
  4. 自由闊達な組織の中で、専門の壁を超えて語り合ったり、仕事をしたりする風土がほとんど消え失せ、成果ばかりを先に求める風潮が強まっている

と指摘する。しかし、(3)は科学ニュースを見ていれば分からなくも無いが、(1)、(2)、(4)について根拠は特に提示されていない。(1)はベテラン研究者の証言があるにしろ、理研プロジェクトの分類などを行わないと、本当に変化があったとは言えない。(2)は小保方氏以外に売り出されていると言う人物を列挙すべきであろう。(4)に関しては取材源も示されていない。

そもそも井上氏の言う理研の体質が真実であったとして、小保方氏が犠牲者と言えるのであろうか。井上氏は「研究が特定の分野に偏りつつあるのが実情だ。そもそも優れた研究や革命的な発明は誰もが目を向ける場所からは生まれない」と、理研から革新的な研究が行えないと主張している。しかし、小保方氏のSTAP(幹)細胞は真実であれば革新的な研究だ。すると小保方氏は例外的な扱いを受けているわけで、井上氏は小保方氏が犠牲者とは言えないことを主張してしまっており、日本語の作文として破綻してしまっている。

2. 小保方論文の問題点を理解していない

井上氏が本当にアカデミックなポストに就いていたのか謎に思えてくるのだが、「ある著名な大学教授」の話として「学位論文でコピペを否定していたら、多くの学生は学位が取れない」と書き、「筆者もそう思う」と同意している。小保方氏の論文不正は、引用元を明示しないコピペである剽窃や、他の条件で行った実験画像の流用による捏造、比較実験の結果なのでやってはいけないと画像加工と言う改鋳で、単なるコピペではない事を、井上氏は把握していないようだ。これらは学部生でも理解していないといけないこと*1で、「未熟な研究者」だからと言って許されるものではない。しかも単純ミスの訂正で出された写真の日付が、論文作成日時よりも新しいと言うタイムマシン事件も誘発している*2のだが、井上氏は状況の把握を疎かにしているのであろう。

3. 他人の振る舞いが悪い事が言い訳になると誤解している

井上氏は「博士論文にも問題があるのだとすれば、それは査読した外部の研究者や小保方氏の指導教官にもそれを通した責任があるのではないか」「ネイチャーの論文は査読ではなく、編集者の判断で載せられるのものだが、載せると判断した編集者の責任もあるのではないか」『ネイチャー誌自身が「がん研究に関する論文の実験の89%が再現不可能」などとする記事を掲載している』と指摘するのだが、これらはバイオ系の研究者育成や研究報告の問題点を示すものだが、小保方氏の捏造、改竄、剽窃を全く正当化しない。違う話を展開しても、小保方氏の弁護にならない。

4. 再現できないものは実験科学ではない事を理解していない

井上氏は、『正確な「STAP細胞」再現はそもそも難しい』と言っている。再現できないものは実験科学ではないから、問題論文となる。「単純に考えても、材料や機材や環境条件などを100%再現して同じ実験をすることは不可能」と言っているのだが、状況を全く理解していないようだ。ラボにある材料や機材はまだあるであろうし、そもそも売っているものだし、小保方論文をサポートするのに100%の再現性は要らない。小保方論文の主張より大幅に悪い効率性1%ぐらいでも、再現できたことになる。

5. 研究報告や研究者育成について良く調べていない

井上氏は着眼点が優れていようが、ユニークな研究手法であろうが、「身内の論理」にはまってなければ、評価は得にくいと指摘する。しかし学術雑誌は色々とあって、先行研究に同種なものがなく、論理的に問題がなければ、どこかに論文は掲載に漕ぎ着けることができる。確かにピアソンがフィッシャーを締め出した、マーギュリス女史のミトコンドリアの細胞内共生説が17回も掲載拒否されたなど伝説は色々とある。しかし、これは今の時代の話ではない。

井上氏は「本当に優れた研究者の中には、査読論文を辞めて、学会に投稿前に論文をホームページなどにさらして、学会以外の外部専門家の評価を得るべきとの声も出始めている」と言うのは本当であろうか。今でもディスカッション・ペーパーと言う形で査読無しで論文は公開はできる。また査読無しのジャーナル(ArXiv)もあって、物理学ではそちらの利用が進んでいるようだ。例外中の例外だろうが、グリゴリー・ペレルマンのポアンカレ予想に関連した論文はArXivに掲載されたままで終わり、査読論文としては投稿されていない。

井上氏は『日本では博士号を取得するために、博士後期課程の約3年間に3本程度の「査読論文(指導教官以外の外部の研究者による判定付き論文)」を書かなければならない』は社会科学系のそれなりの大学院の参考基準で、バイオ系だと査読一本で十分と言う所も多いようだし、この辺の取材が甘い。せめて小保方氏の業績を確認しておけば、今回のNature論文二本を除けば一本しかないことは分かるはずなのだが。

6. 井上氏のヒステリックな批判への反論

ざっと見ただけで以上、5点の問題がある。おそらく多方面から非難の声が上がったのであろう。井上氏は「匿名で(くだらない)メールを送ってくるのはやめてください 」とブログに自身への批判への反論を掲載している。

「理研の回し者か。アカデミックの作法ばかりにこだわって、木を見て森を見ずで、どうせろくな研究もしてないんでしょう。くだらないメールを送ってくる暇があれば、もっと研究するか文献でも読んでいろ、タコ!」だそうだ。取材が甘い事を指摘されたら、このような言い方で反論するように井上久男氏の教官は指導していたのであろうか。

恥の上塗りもしている。「学位論文程度で新しいものなんか見つかるはずない」とあるのだが、これに対する反例は山のようにある。すぐに思いつくだけでもセジヴィックのクイック・ソートの論文は博論だったし、後にノーベル経済学賞をとるスペンスのシグナリング論文も博論だった。『小保方氏のコピペに目くじら立てて、「学者にあるまじき行為」なんてぬかしている人は、永遠に科学者にはなれない』とあるが、科学者が批判しているのだが。

このような思い込みが先走り取材が疎かな記事を書いた上に、批判者を開き直って罵倒する人間を記者として使わざるを得ない現代ビジネスに、何か組織的欠陥があるように思えてくる。もしかしたら、そのように振舞わないと部数やアクセス数が伸びない週刊誌業界の事情があるのかも知れないが。

*1剽窃や違う実験画像の流用が問題なのはともかく、電気泳動画像の加工が問題になる理由は分かりづらいかも知れない。しかし、高校生や学部生でもこの実験をした事がある人であれば、小保方氏の行為に問題がある事は自明となる(関連記事:STAP幹細胞騒動に飛び込む前に見ておくべき動画)。

*2小保方晴子のSTAP細胞論文の疑惑: 小保方晴子氏の不服申立書の問題点&矛盾点まとめ

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