2013年6月30日日曜日

行動生態学の授業でゲーム理論を演じさせられる

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通常の大学の試験では周囲と協力して解答を書くことは禁じられているが、UCLAのPeter Nonacs教授は行動生態学の授業で、グループで議論して解答する事を許してみたそうだ。つまり学生を被験者とする行動生態学の実験を、試験時間を使ってやってみたと言う事らしい(POPSCI)。

授業は医学、歯学、薬学などの学生の初級コースで、学生に行動生態学者として思考することを求めているそうだ。行動生態学ではゲーム理論を使って、なぜ蟻の巣があのようになるか、どのぐらいウイルスは宿主に有害なのか、どのように人間社会が組織され機能する事など、生物の行動を記述している。

さて、この行動生態学の教授は、試験が教育ゲームがどのように進むか測る良い方法だと思いついた。教授は教育の成果を評価するために試験を行う。学生は良い成績を得るために試験を受ける。教授と学生の目標は同時に最大化されるであろうか。もし学生に自由にさせて、通常はカンニングと言われるものを許したら、何が起きるであろうか。

試験前の授業で、教授は学生に、試験は滅茶苦茶ハードだと通告し、代わりにあらゆるカンニング行為を許した。相互に相談しても、以前の履修者に電話をしてもいいし、リチャード・ドーキンスのような動物行動学の権威を連れてきてもいいし、ウェブを検索してもいいし、受け取らないが賄賂を申し出てもいいし、州法と連邦法に適合する行為は全て許した。

最初、学生には衝撃が走ったが、状況を理解して議論が進んだ。協力は有益か無駄か。一つの大きなグループと、複数の小さなグループのどちらが良いか。不勉強なタダ乗り学生はどうするか。どの程度の相互協力が利益の共有に求められるべきか。一週間の事前準備が求められるのか。お喋りも無かったクラスは、狂った教授の極悪試験スキームに打ち勝つように一致団結した。

一週間後の1時間の試験では、「もし自然淘汰を通した進化が一つのゲームだとして、プレイヤー、チーム、ルール、目的、結果はどのようなものか?」と言う問題が出された。学生は議論をし、仮説を検証し、説得力の無いものは排除され、ありそうな仮説が作り出された。それらしく臭わせていたが、教授に解答を聞く人はいなかった。証拠が追加され、一致見解を書くためのスケジュールが出され、学生27名中の24名は解答を共有し、3名が独力で解答を書いた。

これにより学生は協力行動が効果的であると結論に達したと考えられるわけだが、本当にそう理解しているかを後日、教授は確認をしてみた。採点を返して成績を確定するか、成績を公開せずに結果を廃棄するかの選択を求めてみた。学生は全員一致で、採点を返して成績を確定する方を選んだ。なお成績は、以前よりも20%も平均で高かったそうだ。一匹狼の3名は、共有組みと比較して、良い、同じ、悪いに分かれた。

なおこの試験で学生は、個人の利益と集団の利益が一致するように調整する、とても人間らしい形質を示す興味深いものであったが、理論的にそうなるとは限らないようだ。相対的に良い成績を取るという目標が、最高の解答を作ることに代わったので、カンニング行為が有効に機能したように説明されている。何はともあれ、学生は良い成績を取ると言う目標を達し、教授は行動生態学のように一週間思考してもらう目標を達した。

日本の大学だと共同でレポートを考えて提出する学生は多いと思うが、限られた空間と時間で組織化させる所が目新しいのであろうか。教授は学生が積極参加する『試験』(通常は講義)により、以前のクラスよりもゲーム理論への理解が深まったと自画自賛しているようだ。板書き中心の授業をしている、ゲーム理論家の感想を聞いてみたい。

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