2013年2月16日土曜日

左派的な人たちが日銀に金融緩和を求めても

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マネックス証券チーフエコノミスト村上尚己氏の「心優しい左派的な人たちこそ日銀に金融緩和を求めなければいけない理由」について、シバキ系リベラルとしても違和感を感じたので言及しておきたい。全体のパイを押し上げる経済成長が重要だとして、日銀の金融緩和の効果を過信しすぎでは無いであろうか。

既に日銀はゼロ金利と言う金融緩和を二十年近く行っており、これ以上、何かするとすると非伝統的な金融政策と呼ばれる部類の“緩和”をするしかない。この非伝統的な金融政策の効果は、はっきり言って良く分かっていない。既に行っているひたすら国債を買う量的緩和は効果が無さそうだ*1が、インフレ目標や名目GDP水準目標は何かしらの効果が期待できると思われる(Woodford(2012))。

非伝統的な金融政策が成功すると何が起きるかと言うと、インフレ期待が上昇して実質金利が下がりゼロ金利制約から脱出できることと、価格調整の促進がされる事だ。暗黙のうちに均衡実質金利がマイナス*2で、価格や賃金の下方硬直性があり*3、労働市場がクリアされずに失業率が高くなっている事が仮定されている。

失業率はデフレ開始前よりはずっと高く、賃金もジリジリとは下がってきているし、デフレが続いているのだから実質金利が高すぎる可能性は否定できない。そういう意味では、弊害*4を覚悟しても、左派的な人たちが日銀に金融緩和を求め理由にはなる。しかし、非伝統的な金融政策が持つ効果を過大評価してはいけない。

内閣府の推定では構造失業率は3.5%程度*5で、OECDの推定ではインフレ非加速失業率が4.2%*6とされている。今の失業率4.2%から考えて、あと0.7%失業率を引き下げる程度の効果しか無いであろう。日本の労働力人口は6486万人。つまり、50万人ぐらいの雇用増が期待できる程度にしか過ぎない。小さくは無い数字だが、日本全体でこの程度だ。

実質GDPの引き上げ効果も、政府財政の改善効果もあるのであろうが、劇的なものになるとは思えない。実質金利が高止まりしていると言う事は投資水準が低いだけで、実質金利を引き下げても全要素生産性が向上するわけでもないからだ。高い経済成長が左派的な人たちが求める社会を実現するにしても、非伝統的な金融政策がそれに貢献する部分は決して多くは無い。

もちろん効果が少ないことが、非伝統的な金融政策を否定する理由にはならない。政策の便益と弊害を比較するべきだ。左派が賛成すべきと言うのは、恐らくそうなのであろう。しかし、左派的な人たちが率先して取り組むべき課題なのかは、また疑問が残る。

*1村上氏とKrugmanやWoodfordでは日銀の国債購入オペに関しての見解が異なる。なお量的緩和が為替レートに働きかけるとする主張は良く見るが、そのような効果が推定で確認されているわけでも無さそうだ(関連記事:何だか怪しい量的緩和の計量分析)。

*2実質金利は潜在変数なので、幾つかの仮定を置いて推定しないと具体的な値は分からない。クルッグマンは均衡実質金利がマイナスであると主張しているが、鎌田(2009)は多彩な手法で均衡実質金利を推定し、どれも全ての期間ではマイナス金利にはなっていない事を示している。ただし最近はずっとゼロ金利が続いており、平均トレンドや線形推定で求めた均衡実質金利の精度に疑問が残る。

*3価格硬直性に関しては東京大学の渡辺努氏の研究がある(アゴラ)。家賃と地価の乖離なども、価格硬直性が原因だと言えるかも知れない(関連記事:家賃に見る価格の下方硬直性)。賃金水準も月額賃金は低下しているのだが、時給換算ではそう大きな変化は無い(関連記事:日本の賃金水準の変化を確認する)。

*4数%のインフレで問題になるのかは疑問が多いが、異時点間の消費配分が歪むこと(関連記事:日銀理論、つまりインフレの弊害を知っておく)、場合によっては中央銀行がインフレ率のコントロールを失いハイパーインフレーションを引き起こす事が危惧されている(関連記事:日銀がリフレーション政策を嫌がる理由)。また、資産インフレ、つまりバブルが発生する可能性も危惧されている。

*5内閣府の「今週の指標 No.1032」では、以下の推定結果が示されている。

*6OECD Statistics; NAIRU - Unemployment rate with non-accelerating inflation rateを参照。

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