ビールはメソポタミアで発明された古い飲料だが、現在主流のラガー・ビールが一般化したのは19世紀で、それまではエール・ビールしかなかった。その理由の一つが、POPSCIで紹介されていた。
この二種類のビールは醸造温度や発酵面で分類されることが多いが、それもこれも発酵をもたらす酵母が違う事が原因だ。酵母が無いと始まらない。15世紀終わりにバイエルン地方で製造されるまでラガー・ビールが発明されなかったのは、それに必要な酵母が“新大陸”の南米から渡って来たからだそうだ。
ラガー・ビールの酵母はSaccharomyces pastorianus/carlsbergensisと呼ばれ、1904年と1908年にデンマーク人菌学者Emil Christian Hansenがデンマークのカールスバーグ社で働いていたときに発見した。当初はこの二つは別種だと思われていたが、同一の種だそうだ。このS. pastorianusは欧州原生種では無く、どこから来たのかは謎だった。
2011年の研究*1によると、醸造所にいるラガー酵母S. pastorianus、エール酵母S. cerevisiae、汚染酵母S. bayanusとS. uvarum、そしてアルゼンチンのパタゴニアから見つけ出した二種類の、合計6種類の酵母を分析した結果、原生種が判明したそうだ。野生種は、既にオークの樹にSaccharomycesが生息していることが分かっていたため、世界中の森林からサンプルを集め、見つけたものだ。
分析結果によると南米から持ち込まれたS. eubayanusが、エール酵母であるS. cerevisiaeと合体し、ラガー酵母のS. pastorianusになった。だから他が2倍体なのに、S. pastorianusだけが4倍体なそうだ。また、S. uvarumに汚染されて、S. pastorianusの遺伝子を取り込み形質転換したS. eubayanusの変種とS. uvarumが交雑し、S. bayanusも発生した。ビール酵母の栽培化の過程で、有用な株も、有害な株も生まれてきたらしい。
見つかった二種類のうち片方は欧州で生き残れなかったようだが、ともかくコロンブスの“新大陸”の発見が、ラガー・ビールをもたらしたのは確かなようだ。南米から導入されたジャガイモが欧州人の食生活を変えたと言う話があった*2が、人類が知らないうちにこっそりと侵入してきた酵母も、食習慣を変えていたようだ。ラガー・ビールを発明した人もドイツ人も、大航海時代の恩恵だと知ったら、驚くに違いない。
*1Libkind et al.(2011) "Microbe domestication and the identification of the wild genetic stock of lager-brewing yeast," Proceedings of the National Academies of Sciences
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