2025年3月26日水曜日

家父長と共同体の対立事例 — 共同体主義の理解のために覚えておくべきこと

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リバタリアンであったはずのネット論客が、共同体主義を掲げて家父長制を推している。どちらも保守思想ではあるのだが、大きな相違があるので同時に推すのはやめて頂きたい。両立するとは限らない。歴史的には共同体と家父長が対立することもある。

日本の鎌倉後期から明治までの農村は*1、惣村と言う共同体が中心の社会であった。鎌倉後期からの土地の所有/支配構造の変化、治安悪化や灌漑など共同作業の拡大などにより、地縁による結合が促進され、狭い地域に密集して住居する惣村が形成された。経済・社会活動は村共同で行われるため、村の価値観が重要となり、村に貢献することが重視される、共同体主義の時代*2

江戸時代後期頃から、村の重要性が揺らぎはじめる。治安の改善で村外との交流が増えたからだ。「中・下層農民の子女の結婚は、かっては、若者組が関与するところが大きく、若者組の承認のもとでの“自由恋愛”が支配的」だったが、「近世後期になると、中・下層農民にあっても結婚に家長や親の意向が強く働くようになり、当事者や若者組(土俗的な教育組織/女組)との間で相克」するようになった*3

地元での自由恋愛と言う共同体主義の価値観が、見合い婚と言う家父長制の価値観に変化し、共同体主義を担う若者組と、家父長制を担う親の間に対立が生じた。もっとも村落共同体が本格的に解消されるのは明治期であり*4、家父長制の本格的な時代は明治政府の欧米化政策の後になる。なお、家制度は1898年7月に導入され、1947年5月に破棄されたため、日本の庶民が家父長制で生きた時代は、49年に満たない。

日本において共同体主義と家父長制は合致しない。欧米の共同体主義者の議論でも、家父長制は重視されていないようだ。フェミニストの議論を読んでいると家父長制と共同体が一体のものに思えるかも知れないが、よく考えると別物である。大家族ごとに共同体をつくる社会であれば両者は合致しているかも知れないが、一般にはそのようなことを言えない。

*1もちろん天皇家や貴族/武士は家父長制である。天皇家は家父長の座を巡って内紛が絶えず、武家は家のために個人が犠牲になっているが。

*2スタンフォード哲学辞典の共同体主義の項の冒頭では、このようにまとめている。

Communitarianism is the idea that human identities are largely shaped by different kinds of constitutive communities (or social relations) and that this conception of human nature should inform our moral and political judgments as well as policies and institutions. We live most of our lives in communities, similar to lions who live in social groups rather than individualistic tigers who live alone most of the time. Those communities shape, and ought to shape, our moral and political judgments and we have a strong obligation to support and nourish the particular communities that provide meaning for our lives, without which we’d be disoriented, deeply lonely, and incapable of informed moral and political judgment.(拙訳:共同体主義とは、人間のアイデンティティは、様々な構成的共同体(または社会関係)によって大部分が形成されるという考え方であり、人間の摂理のこの理解が、道徳的・政治的判断だけではなく、政策や制度も特徴付けるべきだという考えです。私たちは人生のほとんどを共同体の中で過ごします。それは、ほとんどの時間を単独で過ごす個人主義的な虎ではなく、社会的なグループで生活するライオンに似ています。これらの共同体は、私たちの道徳的・政治的判断を形成し、また形成すべきであり、私たちは人生に意味を与える特定の共同体を支援し、育む強い義務を負っています。それがなければ、私たちは方向感覚を失い、深い孤独を感じ、情報に基づいた道徳的・政治的判断ができなくなってしまうでしょう。)

*3江戸時代の農民の生涯(6)-結婚事情- – グローバリゼーション研究所

*4伝統的な共同体は社会経済構造の変化により消失したが、地域社会が無くなったわけではなく、地元に密着して生涯を過ごす人も多い。また、専門家集団など新たに発生したコミュニティーが共通の価値観を持ち、また専門知を還元するなどのコミュニティーへの貢献が称えられることもある。

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