2023年12月24日日曜日

ITジャーナリストの星暁雄さんが功利主義について誤解を広めている件

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ITジャーナリスト星暁雄氏が「OpenAI内紛劇の背後に「21世紀の優生思想」、EAコミュニティとe/accの危険性」と言う記事が流れていたのだが、功利主義について誤解をふりまいている。功利主義は高校の倫理の教科書では詳しい説明が不足しているし、大学生向けの本でも徳倫理や義務倫理好きの人が著者だと議論が薄い傾向があるのだが、星氏には以下の点を認識して欲しい。

功利主義は理性的で自己意識のあるすべての者の幸福の総量で物事の善し悪しを判断しようという原理をもつ倫理で、障害者や無能者(や動物)でも欲求や快楽があれば、その利益は平等に配慮されることになる。限界効用逓減法則から、死のような重大な不利益はそうは押し付けられない*1。功利主義からは、ナチスの安楽死計画やホロコーストは悪行になる。

規則功利主義といって、社会全体の幸福の総量を増やしていくような規則を設けて、規則を守っていく発想もあり、人権概念や法的手続きと整合性がないわけではない。金融犯罪やセクハラは、この世全体をよくしている規則に反するので正当化されない。なお、応報刑論で同害報復、繁殖目的以外のセックス禁止、自慰行為禁止を主張するカントの義務倫理で、現代的な人権を正当化するのは大変だ*2

功利主義から優生思想を正当化するのは困難だ。優生思想はもともとは人間集団の血統改良によって病気を予防することを目指す思想だ*3。もともとの発想*4を実現するには、病気に強い人が多くの子孫を残す必要がある。しかし、人間集団全体が強靭になるために、子孫を残すなと言われたら不快であろうし、子沢山になれと言われたら困惑する。功利主義は既に存在している人格の利益を考慮する存在先行説をとることが一般的なので、妊娠出産の制限や強制は支持されない。

功利主義以外の効果的な利他主義(Effective Altruism),効果的な加速主義(Effective Accelerationism),長期主義(longtermism)についての記述があっているかは不明。効果的な利他主義は、優生思想ではなく選民思想だという指摘があった。

*1トリアージする状況やトロッコ問題でも無い限り、なかなか正当化されない。

*2カントの議論をそのまま踏襲している義務倫理の支持者は、現在ではいないと思われる。生得的な欲求の充実をもっと肯定的に考えている。

*3血統改良のために障害者などを殺す必要はないので、ナチスの安楽死計画や相模原障害者施設殺傷事件を正当化はしない。優生思想における人間の優劣は、病気への抵抗力や知能や運動能力で測るので、ホロコーストも正当化しない。

*4人間の血統改良は無理なので一旦廃れたのだが、近年、配偶者を選ぶことで潜性(メンデル劣性)の遺伝病を予防したり、遺伝子治療や受精卵の遺伝子改変をする話で復活してきている。

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