2023年12月16日土曜日

規制行政に関心がある人は読むべき『家政婦の歴史』

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労働法とそれに関連した歴史的な話題を発掘整理している濱口桂一郎氏の新著(といっても出てから4ヶ月経った)『家政婦の歴史』を拝読したので、感想を記しておきたい。

私にとって家政婦はマンガやドラマの中でしか見かけない存在で、最初に題名を見たときはテーマがマニアックすぎだとお茶を噴いてしまったのだが、創作物の設定と現実のどこがどの程度乖離しているかという話題が好物なので目を通してみた。

内容はNHK解説委員室の濱口氏の「家政婦は『家事使用人』ではなかった」が要約になっているので詳しくは触れないが、GHQの偉い人が現実の細部、人夫供給業と派出婦会の違いをよく見なかったために、派出婦会で機能していた近代的な雇用制度が近世的な雇用関係を前提としたモノにされてしまい、家政婦に適切な労働者保護が与えられてこなかったという規制行政の歴史の話であった。GHQの偉い人が日本を去った後、制度の根本部分をこっそり改正すべきであったが、派遣労働の容認が大きな論点になってしまった余波か、緊急避難的な措置が永続的になったのが残念なところで、2022年のある過労死事件の遠因になる。

規制を考えるときに、規制対象の商習慣ではなく規制当局の方の経路依存性を考えることはまず無いので、なかなか興味深い。ゲーム理論を駆使したメカニズムデザインで望ましい制度を考えるときには、政策担当者のしがらみは当然考えない。理不尽だからだ。しかし、現実には理不尽な経路依存性に悩まされることはありえる。政策担当者の面子のようなものを邪推することは容易でも、具体例を示すために参照できる文献が思い当たらなかったのだが、家政婦の歴史は好例になりそうだ。本書は現在でも残る理不尽さを正すべきと言っていて、面子と言うよりは惰性が問題ではあるが。労働者供給事業と言う括りに人夫供給業と派出婦会という労働者から見て性質が随分異なるビジネスが入っていて、この括りで規制をかけて上手くいかなかったのも、問題の根源を見誤った教訓として重要になる。

女中と家政婦の違いも把握していなかったのだが、ソフトウェア・エンジニアでも直接雇用インハウスなのか技術者派遣なのか業務委託契約なのか…と言う問題にぼちぼち触れることがあるなと思いつつ拝読した。ウェブでの話しと異なり、書籍の本書は小説や国会答弁などの引用もあって、江戸から明治、戦中から戦後の雰囲気が分かるように工夫されている。開発途上国で女性がマイクロビジネスを始めて、ときとして大きな規模のビジネスになるような話があるのだが、日本にも戦前、大和俊子さんの派出婦会という好例があったことも覚えた。『家政婦は見た!』の描写は現実を反映しているようであったが、今後は女中なのか家政婦なのかを注意してドラマやアニメを見ていきたい。

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