古今東西インターネットでの言い争いでは、相手に論拠を求めることが一般的だ。また、党派性に比べて大きいものではないが、明快な根拠を添えた批判には支持が集まる傾向がある。しかし、ネット上のこの傾向を「エビデンスという道具を使って、他者をたたきたいという暗い欲望が蔓延している」*1「「自分こそ正しい」というバトルのツールになっている」*2「虎の威を借りる狐のよう」*3と否定的に捉える人文系の大学教員が何人もいる。
1. 真実を導き、信念を正当化する情報
エビデンスは論拠や根拠を示す言葉だ。社会科学の計量分析では因果効果を示唆する情報に限って用いられるようになっている*4ようだが、一般用語としてはもちろん、学術一般まで広げてもそこまで狭い意味ではない*5。統計や事例や法令など、さらには個人の体験も含む。真実を導き、信念を正当化する情報はエビデンスとなる。もちろん決定的なものから傍証に過ぎないものまでエビデンスの強度は色々とあり*6、ネットでの言い争いでも証拠の強さは焦点になっている*7。
2. エビデンスは議論を健全にする
エビデンス重視は美徳である。エビデンスの突きつけあいになったら、どちらかもしくはお互いの知見が増えるし、ぼちぼちのところで話が収束する。本当のところは謎で終わる場合も、出せるエビデンスなど限られているので、早々に行き着く。決着がついても、課題が明確になっても、どちらも建設的だ。相手の主張をエビデンスの不足を理由に拒絶していても、あとでエビデンスの蓄積を理由に堂々と前言を撤回することができる。拙速さももたらさない。にわかには受け入れ難い相手の主張に、後日エビデンスがつくこともある*8からだ。ベイズ意思決定理論を念頭に捉えれば、「エビデンスの突きつけ合いになるのは不毛」と言うことはない。
3. 相手をやり込めようとする姿勢をもたらさない
「それってあなたの感想ですよね?」「はい論破!」という決まり文句で知られる、相手の主張を汲み取ろうとするのではなく相手をやり込めようとする姿勢と、エビデンス重視を混同しているようなのだが、それは誤りだ。エビデンス重視であればこそ、今後のエビデンスの蓄積の可能性を念頭に、相手の主張を受け入れないことと、相手の主張を否定することの違いを意識する慎重さが求められる。エビデンス重視でも、相手の主張を整理整頓して理解し批判する思いやりの原理を働かせてもよい。エビデンスと整合的になるように相手の主張を整理しても、相手の主張を受け入れるために必要なエビデンスを提示しても、エビデンス重視だ。また、相手の科学リテラシーにあわせたエビデンスの提示方法もある。
4. 「エヴィデンスは?」が決まり文句の人々のダブスタ
どちらかと言うと、ネット界隈の議論ではエビデンス軽視の方が問題だ。「エヴィデンスは?」と言って相手をやり込めようとする人々も、大袈裟に戯画化することでファクトを歪めていたり、藁人形論法になっていることは少なからずあるし、事実誤認を指摘されても訂正や撤回を行わないことは多い。実数は実在するが複素数は実在しない、位置エネルギーは嘘と主張していた「それってあなたの感想ですよね?」で知られる著名人が、数学や物理に詳しい人々から誤りを指摘されたあと、訂正や撤回を行ったのは確認できなかった。最近は行政や法律への誤解もよく指摘されているが、発言前に事実か確認しているのであろうか。また、論敵に求めているエビデンスを提示されても、そのエビデンスが無いかのように同じ批判を繰り返す人々もいる。
エビデンスで他者の主張を批判するのは結構なことで、本当の問題は、そういう批判をする人々でもエビデンスなく主張をしたり、エビデンスが示されても自説が批判されたときに自説を訂正できないことがあるのが問題だ。ところでこのエントリーへの「エヴィデンスは?」という批判は、すべて無視するので了承してください('-' )\(--;)BAKI
*1「エビデンス」がないと駄目ですか? 数値がすくい取れない真理とは:朝日新聞デジタル
*2「速く」「分かりやすく」で単純化する社会 覆う不寛容と遠のく対話:朝日新聞デジタル
*3「決定的なもの」とされるエビデンス 背景に白黒つけたい欲求:朝日新聞デジタル
*4『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』の第1章p.8表1-1を参照。
*5Evidence (Stanford Encyclopedia of Philosophy)を参照。議論を真実に導き、信念を正当化する情報ぐらいに思っておけば良さそうである。
*6分析の与件が少ないか、与件が妥当なものか、観測数が十分に多いか、第3者による再現性があるかといった観点から判断される。
*7エビデンスを取り扱うには、学識がいる。ファクトに関するものであればそうでもないが、それでも法律の知識が必要になることもある。条文を独自に解釈して満足している人が多いが、裁判例では素人が行き当たりそうにない解釈をしていることもあるからだ。
統計解析ではより知識の欠落が目立つ。統計学や分析対象に関する知識の欠落から因果と相関の区別が曖昧な社会学者が、謎の2軸プロットをSNSに流し続けているのを見た人は多いと思うが、あれでは現代的なエビデンス重視の主張とは言えない。
*8SNSでは昔から「数学教師の女性蔑視で数学を勉強しなくなった。」と言う怨嗟の声がポツポツあったのだが、近年になって女性蔑視的な数学教師だと少女の数学の点数が下がるというエビデンスが示されたことがある(Carlana (2019))。自然科学の法則に反するような場合でも、ムベンバ効果のように新たな発見となることもある。
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