2023年12月29日金曜日

谷口一平さんの日本大学哲学会『精神科学』とその査読レポート批判について

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哲学分野の独立研究者の谷口一平氏が、日本大学哲学会『精神科学』に投稿した論文への査読コメントを𝕏/Twitterで公開しつつ、ジェンダー学者が査読するのはおかしく、また明らかに不適切な評価であると非難している*1。ジェンダー学界隈に疑念がある人々が谷口氏の非難に同調しているのだが、谷口論文が公開されていないわけで、党派的な動きになっている。

査読報告書の公開はマナー違反と言うのはさておいても*2、谷口氏の査読コメント批判が適切だったとは言い難い。編集者に査読者の選定が不適切であったと抗議すべきであったが、そのような努力を行った形跡がない。また、谷口氏の論文が公開されていないので、差読者の人選や、査読コメントが不適切なのか判断できない。谷口氏のツイートと、谷口氏が公開した査読コメントを読む限りでは、ジェンダー学者に査読依頼を出したのはそうおかしいことではないし、査読コメントもそう頓珍漢なことを言っているようには思えない。

1. 性自認は精神医学やジェンダー学界隈の用語

谷口論文は「マイナス内包」と言う概念を用いて、性自認の新たな定義を提案していると考えられる。性自認は精神医学やジェンダー論のトランスジェンダー周りの議論で使われてきた言葉で、ジェンダー学者の関心事項である。また、ジェンダー学者の議論の誤りの指摘もある。実際、差読者②は谷口論文は「トランスの人々やジェンダー論の論者…は有意味性を欠いたままで「性同一性」概念を「性自認」概念に置き換えようとしている」と指摘していると述べ、谷口氏は「その通りで、そうだと私は指摘している」と言っている。谷口氏の仕事は、ジェンダー学に大きく関係している。谷口氏は「査読者②は、ジェンダー論に対して学術的な貢献をなしていなければ、哲学論文の価値はない、とでも言いたいのでしょうか」と言っているが、谷口論文の議論が有意義であれば、貢献できるはずだ。

2. 用語の再定義に求められること

谷口論文が提案する性自認の新たな定義は、(1)分析形而上学的に「マイナス内包」から導かれるだけではなく、(2)従来の性自認の定義と一定の整合性があり、従来の定義で性自認が定まるほとんどの場合で、性自認が定まることが求められる。昆虫のアリが再定義され、シロアリがアリから除外されたわけだが、仮にそれでクロオオアリがアリで無くなったり、アミメアリがアリか否か判別できなくなったいたら、有用な再定義ではなかった。しかし、査読者①と②のコメントでは、トランスジェンダーの人々の性自認を、谷口論文が提案する定義に照らしあわして考えることが困難なことが指摘されている。谷口氏も「本論文は…普遍妥当的に「現実の人々がもつ性自認」を検討している、と一切主張していません」と言っている。また、(3)従来の性自認の定義より有用であることが求められる。アリは再定義で、生物学的に近い集団をよりよくくくる言葉になった。しかし、査読者②は、谷口論文における従来定義の理解が藁人形論法になっている可能性を指摘している。

3. 論文がないと査読コメントが不当かわからない

谷口論文の査読レポートに、頓珍漢なコメントも含まれていてもおかしくない。査読者が論文の主張を正しく理解できないことはよくあるし、初見ではなおさらだ。匿名の査読者への怨嗟えんさの声は、𝕏/Twitterに満ち溢れている。トランスジェンダー問題を扱うジェンダー学者には、政治的な振る舞いもおそらくある。しかし、分析形而上学に通じていないジェンダー学者も、上述の観点から学術雑誌への掲載に値しない論文かは判断できるし、実際にそうしたように読める。谷口論文が公開されていないため、本当に提案する定義がトランスジェンダーの人々の性自認に当てはめ不可能なのか、そもそも性自認の新たな定義を提案しているのか分からないので、谷口氏の非難が不当とは言わないが、ここまで提示された情報から考えて妥当とも言い難い。Jxivかなにかプレプリント・サーバーで論文を公開して欲しい。そして谷口論文が公開されるまで、ジェンダー学嫌いな人々も、谷口氏の非難に同調するのはやめるべきだ。

*1哲学論文なのに査読者がジェンダー論学者? - Togetter

*2マナー違反ではあるが、強い非難には値しない(と思う)。学術論文として要求される基準がなにか、学術雑誌の品質はどうかは公共性がある話題だ。実際、性差別的なコメントが問題になったこともあった(PLOS ONEが査読者を解任、論文に性差別的コメント | エディテージ・インサイト)。批判のために引用するのは適法。全文を公開してよいのかは法的に議論の余地はあるが、著作(財産)権が編集者かどこかに譲渡されていないと、著作権者が権利主張しなければ問題とはされない。おそらく問題とはできない。

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