物理学徒の社会現象の捉え方には、独特な傾向があるように感じる。彼ら、ベキ分布*1が大好きなのだが、その情熱がいまいち分からない。パラメーターによっては平均も分散も無い分布になるので取り扱いが難しくなりうる分布なのは確かだが*2、重回帰分析をかけることを考えると説明変数と被説明変数のの分布はそう重要では無いからだ。(どこまで一般化できるかは謎だが)物理学徒は、分布に対するコダワリが強い。
先日、ふと経済学徒が面白いと言っているツイートを見かけた気がするので手に取ってみた『統計分布を知れば世界が分かる-身長・体重から格差問題まで』も、この分布に対するコダワリが溢れた本であった。出てくる確率分布はベキ分布、正規分布、対数正規分布の3つだが、観察される事象の分布の形状がどのようなメカニズムによって出てくるのかについて色々と考察している。
所得データがあるとすると、経済学徒であれば教育年数など別のデータでそれを説明したがる。ミンサー方程式。しかし、どうも物理学徒は所得の分布が対数正規分布であることの理由に注目する。分散と平均のある確率変数が合計されていくと正規分布になるように、分散と平均があり、かつ値が正に限られる確率変数が乗じられていくと対数正規分布になる。対数正規分布にあると言うことは、所得は乗算過程であることが分かり、影響する変数の効果が掛け算になっており、富めるものはより豊かになるようなメカニズムがある事が予想されるわけだ。ミンサー方程式も被説明変数の対数を取ってから回帰するわけだし意外ではないのだが、分布自体に意味を見出すのは興味深い。統計力学で分子の速度分布を導出したりする影響であろうが*3。
数式はほとんどなく対数も説明してあるぐらいで、中心極限定理、大数の法則、ランキングプロットについて丁寧に説明があり、中学生ぐらいからが対象読者で文は平易。ただし、突然、基礎科学と教育の重要性を説いたり(pp.117–119)、米国の分布から大きく外れたGNIが分布によった理由が戦争や金融経済の発達とされたり(p.121)、自由貿易協定や規制緩和の弊害を説いたり(pp.139–141)してくるところがある。代表的な確率分布を紹介するのが目的の本なので細かい議論が割愛されたのだと思うが、個々の観測値が分布の中のその位置にある理由や、観測される分布の一部が対数正規分布などから外れる理由は、やはり何か計量分析をかけるなりして関係をはっきりさせたい。他にも国民総生産などの議論は、一人当たりでなくていいのかとは思った。ネット界隈を見ている限り、社会現象に関してフリーダムな発言をしている理工系の研究者はよく見かけるので、物理学徒らしいのかも知れないが。何はともあれ、読み物としては楽しい部類に入ると思う。
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