2019年6月30日日曜日

∂が出てくる高校数学で熱力学と統計力学を紹介する『高校数学でわかるボルツマンの原理』

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経済物理学と言う統計力学を使って経済現象を説明しようとする分野がある*1ので以前から統計力学に野次馬的な興味があったのだが、なかなか手を出せずにいる。大学の統計力学の教材は物理学徒向けに書かれており、文系には予備知識の欠落でなかなか読み進まない*2し、そもそもそんなに本格的に勉強したくない。こんな我侭のための教材などこの世に無さそうではあるのだが、普通にブルーバックスから『高校数学でわかるボルツマンの原理 : 熱力学と統計力学を理解しよう』と言う本が出ていた。

本書は、簡単な数式を丁寧に注釈をつけつつ展開することで、熱力学の概要を説明し、さらに熱力学のエントロピーやエネルギーと言った概念を統計力学に紐付けていく、熱力学と統計力学を本格的に学ぶ前の、もしくは学んでいる途中で全体像が見えなくなった学部生向けに書かれているであろう本。一般向けの啓蒙書として、大雑把過ぎず、細部に拘泥し過ぎず、丁度よいバランスの分かりやすさがある。熱気球の逸話から、ボイルの法則~シャルルの法則~気体の状態方程式~カルノーサイクル~エントロピー量~気体分子運動論~…と進んでいく導入からの物理学史を追いかける流れも自然でよい。題名のボルツマンの原理は、熱力学におけるエントロピー量を統計力学のミクロ状態の数で説明する公式のことで、最後の方まで読んでいくとその話までちゃんと到達する。

高校の物理学(力学…と言っても運動エネルギーと重力しか出てこない)と微積分の知識があれば読めるのだが、「数式のレベルは高校数学で間に合わせています」(p.4)と言うのは厳密には嘘だ。偏微分や全微分、一次微分形式が出てくるし、ごく当たり前のようにヤコビアンを使って標準基底を極座標に置換積分されている(p.45)ので、細かいと所を考え出すと詰まることになる。なお、Δxとdxを「数学的な意味は少し違いますが・・・物理の参考書などではほとんど区別なく使われています」とほぼ同様に扱ったり*3、不連続なはずの確率質量関数を微分したり、数学的には大雑把。この2つは御愛嬌だが、どうしてそれが条件付き極値問題の解になるか示さず、単に手続きを示しただけでラグランジュの未定乗数法を「簡単だったでしょう!」(p.170)と言われると殺意が沸くのでやめて欲しい。いや、検索すれば直観的な説明を見つめられる時代ではあるのだが。なお、ボルツマンの原理を導くために必要な微分方程式の解法には立ち入らなかった。こちらは紙面の量や対象読者を考えて割愛したのであろう。

全般的には軽快な本で、文系の人にもお勧めできる。本書を読んでから、学部生向けの教科書をしっかり読めば、少しは統計力学が何か理解できることであろう。やたら他分野に進出しては、その分野の問題関心と外れた議論を展開すると言う統計力学帝国主義と戦うために、社会科学の信奉者諸氏には頑張って欲しい。私はおなか一杯なので、ここで止めます(´・ω・`)

*1人々はお金が絡むと他者を出し抜こうとあれこれ画策するので、気体を構成する分子のようには素直に振舞ってくれないであろうから、無理がある方法論である。もっとも、金融派生商品論の計算などは、他者の裏をかこうとする経済人の性質は無視されているので、経済物理学だけの問題点とは言えないし、この性質を無視すべき現象も少なくは無いであろう。

*2物理学徒には常識ではあるが、高校で習うボイル=シャルルの法則やアボガドロ数あたりの話からはじめてくれないと、なかなかついていくのが大変である。変文法が出てくる古典力学の復習から入ったりするのは、そこで挫折しそうになる(´・ω・`)

*3定積分の定義は知っているはずなのだから、Σf(x)Δxを∫f(x)dxに持っていくことは難しくないと思うのだが、本書の本題ではないのは確かだ。

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