2019年6月24日月曜日

戦争を語るおっさんは『補給戦』は読んでおけよ

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ファンタジー小説を書く前に『戦闘技術の歴史』を読んでおけと言う話で、クレフェルト『補給戦―何が勝敗を決定するのか』が勧められていたので拝読してみた。近世から第二次世界大戦までの兵站に関する風説を検討していく本で、『戦闘技術の歴史』では兵站についてはほとんど言及されていないので補完関係にあり、確かに一読の価値がある。本文だけではなく、訳者後書きの前に付録的についている著者マーチン・ファン・クレフェルトの紹介記事が面白い。原著は1977年の古い本なので現代戦については別の本で補完する必要があるし、兵站で勝敗が決した事例を選んで分析しているわけでは無いので副題が不適当な感じはするのだが、そこは御愛嬌と言うことで。

補給と言う観点が無い人はかなり多いと思う。米軍がどこかに進行する場合、その豊富な機材と全世界にある基地を背景に、何十万にと派兵しようとも十分に兵站をコントロールしており、そこが問題になっているような報道は見かけない。しかし、これは歴史上、かなり特異な軍隊と言える。アイドルのライブやサッカーの試合など、突発的に何万人程度の人間が動く場合でも、交通がよく整備された大都会でも渋滞が起きるもの。本書を読むと、補給がいかに難しいものであったかが理解できるようになる。

前進している部隊に、拠点から物資を輸送するのはほとんど不可能であったし、現地で近世までは調達したり接収(略奪)を行えば間に合ったので、攻囲戦で長期戦になり周辺地域の資源を食い尽くすような場合を除けば不要であった*1。マウリッツは水運を使った補給を行っていたが例外的であり、近世になって制度的に整備されたとされる軍需品倉庫*2も進軍中は使えなかった。普墺戦争・普仏戦争における鉄道網による補給ですら同様で、進軍中は鉄道網の末端と前線に距離が生じ、かつ駅から前線までの輸送網の整備が出来なかったので、弾薬の消費量が携行分で間に合う事もあり、攻囲戦以外は物資は現地調達していた。実態は言われるよりずっと前近代的だった。弾薬や兵器などの消費が多くなり、また鹵獲品の流用が難しくなって、兵站の重要性が増した第一次世界大戦ですら、進軍中の食料は鹵獲や接収に頼ることになり、第二次世界大戦でも、自動車による運送能力を十分もてたのは米軍だけであった。

こういうわけで、まだ収奪が可能な先に進軍することはあっても、兵站が勝敗を決定するようになったのは現代からになる。本書にある事例研究で、兵站面で最初から勝ち目が無かったのに、(他の将校やヒットラーの命令を無視する形で)積極的に攻勢に出て敗北したのは砂漠の狐ロンメル将軍のみ。補給経路が地中海を通してなので、港湾の容量や港湾からの距離で進軍限界が決まっていたのだが、ロンメル将軍は兵站が大事と言いつつよくわかっていなかったようだ。ドイツ軍の対ソ連戦も兵站に大きな問題があったが、散々問題点を挙げつつも、大筋は間違っておらず(pp.295–296)他の理由で負けたような結論を出している(p.300)。第一次世界大戦のドイツ軍のシュリーフェン・プランも兵站は計画通りにはいかなかったが、どちらかと言うと無理な進軍による兵の疲労が戦闘に影響した。普墺戦争・普仏戦争のプロイセンと、オーバーロード作戦(ノルマンディー上陸作戦)の米軍は、兵站の当初計画は機能しなかったが臨機応変に乗り切った。本書の副題、文庫にする前の原著に準じた「ナポレオンからパットン将軍まで」のままの方がよかったと思う。

兵站で負けたわけではないが、兵站(と言うか物資の供給・移送能力)で負けることが決まっていた戦いが多いわけで、兵站が重要ではないと言うわけではない。現地調達など頼りにならない(通常兵器の)現代戦ではより補給が重要になる。鉄道にしろ海運にしろ経路ごとの故障や事故、敵軍からの妨害などによる機材や設備の損耗を加味した実際の容量や、経路を確保してから修復などを経て利用可能になる時期、さらにはそこから前線までの運搬方法など、開戦前に考慮すべきことは多い。しかし、近世から現代までの歴史的な戦いにおいて、念入りに立てられた当初計画通りに兵站が機能することは無く、臨機応変な決断が勝利への鍵と言うのには、現代的な教訓があるように感じる。リカバリー・プランを出せるような柔軟性を持っておかないといけない。そう言えば米軍、今はそんなにキッチリとした物流はしていないと言う噂も。精緻にやっているのが自慢らしい自衛隊の皆さん、大丈夫であろうか(´・ω・`)

*1日本の戦国時代も例外ではないようだ。「百姓から見た戦国大名」にも同様の記述があった(関連記事:戦国時代の社会構造と平和な社会への道)。

*2検索しても本書以外では使われていない単語なので、他に定訳がありそうである。

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