2019年3月26日火曜日

ギリシャのファランクスは習ったが、ローマの戦術については何も知らない人は読むべき『戦闘技術の歴史』

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

ドラゴンクエスト世代がおっさん・おばさんになって久しいためか、現在は異世界ファンタジー全盛期であり、2019年度の「NHKラジオ 基礎英語2」も厨二病に媚びたものとなった。中二対象だからいいのか。

ともかくファンタジー世界のラノベ作品が乱造されているわけだが、中世風だが現代的過ぎる世界観の作品も多い。たまに、リアリティ論争が起きたりする*1。そのためか、剣と魔法のファンタジー小説や漫画を書く前に、古代から近世の戦闘技術が分かるシリーズ本『戦闘技術の歴史』を読むべきと言う話が話題になっていた*2

小説や漫画を書く気は無いのだが、良書と推されている本には惹かれるので3巻まで拝読してみた。後述する理由でファンタジー小説の直接の資料になるのかは謎なのだが、薀蓄を語りたい人々の魂をくすぐる良本である。古代から近代の戦争についての実態が、歩兵の役割/騎兵・戦車/指揮と統率/攻囲戦/海戦に整理されて書かれている。ギリシャ人のファランクスは習ったが、ローマ人の戦術については何も知らないという人は読む価値がある。世界史の知識の補完によい*3

戦術に着目されているので、歴史的な戦いであっても紹介されないものは多い。この本だけ読んでいると、フランスはイギリスの属国になって終わっていそうである。図は豊富な方だと思うが、ちょっと機構が分かりづらい武器もあるので、適時、検索しながら読み進めよう。最近はクロスボウやスリングなどの素朴な武器を自作する動画を公開している人もいるが、この本を読んでから視聴すると楽しさが増すと思う。

ファンタジー小説の直接の資料にはならないと言うのは、それこそ異世界の戦闘技術が歴史的なそれと異なるから。魔法は禁忌でそれを目にしたことのある人はごく少数…のような設定であれば、歴史上の中世社会によく似た戦争が行われることであろうが、最近のファンタジー小説において魔法は日常的に行使されるものとなっている。すると、魔法を想定した戦術が発展するわけで、古代から中世の戦闘行為を描写すると、むしろおかしいことになってしまう。そもそも骨が変形するほど弓矢の鍛錬を積んでムキムキになったエルフは想像したくない。アーサー王のモデルとなった人物は、5世紀後半から6世紀初めの存在になるので、腹ぺこ王アルトリア・ペンドラゴンさんが14世紀に一般化した籠手をしているのはおかしいなどと考えてもはじまらない。

もちろん参考にはなる。騎兵が強くて歩兵が弱いような安直な描写は避けたくなる。訓練された歩兵の槍密集隊形や、訓練された長弓兵の陣地に、槍騎兵が突撃すると惨殺される一方、敗走していたり準備が整わなかった歩兵には有効と言うのは、リアリティをもたらす設定になるはずだ。フランス重騎兵の残念さと言ったら救いようが無い。しかし、マスケット銃が出てきてオワコン確定かと思ったら騎兵の突撃は復権する。銃を装備した軽装備の歩兵が増えて、串刺しにされる可能性が減ったためであろうか、軍が整備されて訓練や統率がよくなったためであろうか。マスケット銃の有効射程を襲歩で駆け抜ければ、数発の被弾で済むので歩兵を蹴散らせた*4。魔法使いとの戦闘を考えると…最近のファンタジー世界の魔法、長射程で連射しているから騎兵、やはりダメそうである。攻城戦と言うか攻囲戦、海戦の描写は面白くなると思う。映画『キングダム・オブ・ヘブン』あたりを観てもよさそうだが、やはり文書で説明される価値は高い。

ファンタジー小説と言っていもある程度の説得力は欲しいもの、リアリティを追求して作品が面白くなるとは限らない。馬でやってきてよっこらせと降りて白兵戦をするのがゲルマン流の騎兵をまじめに描写すると迫力に欠ける気もする。しかし、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』の戦国時代の戦闘描写がリアリティがあると褒められている。残念ながら未視聴だが、話も面白いらしい。やはりせっせと本シリーズを読んで、ラノベ書きの皆様にも戦闘リテラシーをあげてもらいたい。

*1関連記事:中世風の異世界にシャワーはあり得るか?

*2異世界転生物を書くなら絶対役立つ書籍、「戦闘技術の歴史」「補給戦」「十字軍物語」が面白そう - Togetter

*3広く浅くなので仕方が無いが、戦争が重要な転換点のように説明する割には、戦闘についてはほとんど説明が無いのが中高の歴史である。例えば第1回三頭政治のクラッススはパルティア遠征で討ち死にをしたのだが、どういう負け戦をしたのか詳細な情報は提示されない。

*4歩兵の士気が高い場合、騎兵の突撃は至近距離にひきつけてから発砲されて粉砕されたらしく、援護射撃なしに騎兵を運用するのはダメだそうだ。レニャーノの戦いの記述もそうなのだが、複数兵種の協調戦術の有効性が強調される本シリーズである。重装歩兵のファランクスだけだと軽装歩兵の投擲武器に弱いと言う話もあった。

0 コメント:

コメントを投稿