日経新聞によると、政府は統合イノベーション戦略推進会議で人工知能(AI)を使いこなす人材を年間25万人育てる新目標を掲げるそうなのだが、レベル別ボリューム感が支離滅裂で有識者の皆さんが心配になる。新聞記者の無理解が書かせた記事であって欲しい。
「大学や企業の人材育成は追いついていない…修士課程を修了する人材は東大や京大、早大などの11大学で年間900人弱。全国でも2800人程度…AIなどのIT知識を持つ人材は日本の産業界で2020年末には約30万人不足」*1と言うのは、計算機工学を修めて機械学習など人工知能技術にも対応できる院卒が不足していると言う話である。学部一般教養でちょっとかじった人材が不足していると言う話ではない。なお情報系の学部、さすがに独立したコースワークがあるだけに、数学だけでも覚える量はそれなりある*2。
ところがそれに応える施策は、人文系や社会科学系を含めた学部も対象にした一律トレーニングである。「使いこなす」はどこへいった。「年間1学年あたり約60万人いる全大学生や高等専門学校(高専)生に初級水準のAI教育を課す」とした上で、「そのうち25万人は、さらに専門的な知識を持つAI人材として育成する」そうだが、大学の学部生の数は2017年度で約289万人(1学年に約72万人)*3なので、学生3人に1人が専門的な知識を持つ人工知能人材にすると言う事になる。計算機工学に届かない知識を持つ人間、そんなに需要があるのであろうか。2016年度のIT人材白書によると日本にITエンジニアは90万人もいない*4。ITエンジニアの正確な人数など分からないだろうし、今、人工知能を使っている人はITエンジニアと言う自覚は無いかもだし、ITエンジニア以外の例えば機械エンジニアが人工知能を応用して悪い理由も無いのだが、さすがに人数を膨らませすぎである。
レベル別ボリューム感の観点で、課題と施策があっていない。ほとんどの学部で本当は必要になる統計解析の事前知識と、機械学習をやる前に学んでおくべき最低の数学は重複しているから、課題に応えるものでなくても害悪自体はそんなに無いと思うが、何かしているように見せる芸で地に足がついていない感が気になるところだ。底上げしたければ中高の数学で線形代数を復活させればいいし、小学校からコンピューターに慣れさせているはずなのに、現実問題、学生の皆様に統計解析パッケージを使って外部データファイルを読み込んで回帰分析をさせるだけでも一苦労な状況の改善も考えて欲しい。
*1企業各社、人工知能の応用や、人工知能をつかった収益拡大に苦労している気配があるので、エア需要感があるのには注意したい。三歩ひいてディープラーニングを見つめる心構えが大事だ。なお、本当に需要があるのであれば、プログラミングができる数学科卒の賃金が高騰することで、そのような人材を輩出する学部が新設されることであろう。大規模な演習などはないし、理学・工学の中では新設しやすい分野である。
*2関連記事:文系プログラマから見た「いまさら聞けない!コンピュータの数学」
*3日経の記事と数字があわないが、文部科学統計要覧を参照した。
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