発言にブレも見えるし、その目的などの、具体的な部分を明かされてはいないが、自民党の安倍総裁の日銀法改正案はガバナンス上のリスクを大きく抱えているように思える。
インフレ目標政策の導入を、日銀に迫る部分は理解できる。しかし、インフレ目標政策の導入だけなら、日銀総裁や日銀政策委員会の審議委員を選べば良いだけだから、日銀法改正は不要だ。だから、政府、つまり内閣が目標値(ターゲットレート)を定める意図が強く見える。これは、色々な問題があり、各所から批判にさらされている*1。
政府がインフレ目標値を定めてはいけない理由は、政府は往々にしてインフレの終息よりも、雇用水準やその他の事由を優先しがちだと言う経験があるからだ。
1. 選挙対策で雇用優先になると、過剰なインフレになる
インフレと失業率には負の相関があり、インフレ気味にすると失業率を低くできる(フィリップス曲線)。しかし、インフレ気味の経済を長期間続けると、失業率が下がる効果が無くなり、インフレなのに高失業率になる事が知られている。政権与党は選挙があるので、短期の効果に飛びつきがちで、長期的な視点を見失いがちだ*2。
2. 国債保有者が政治的に重要な場合、インフレ抑制に消極的
インフレを抑えるためには、金利を引き上げる必要があるが、実はこれも政治的な痛みを伴う。自民党の票田は地方だと言われているが、そこでは有権者はゆうちょ銀行を愛用している。ゆうちょ銀行の資産の大半は債券であり、特に国債が8割弱を占める。金利を引き上げると、保有債券の価格が大きく下落し、大きな損失を計上することになる。金融引き締めを躊躇することで、インフレーションを悪化させる事はありえる*3。
3. 増税よりも財政ファイナンスによるインフレを好む傾向がある
増税は政治的なコストが高いため、中央銀行に国債を買わせる事を好む傾向がある。これもインフレ目標値を高くするインセンティブになる。中央銀行の独立性が十分ではない開発途上国では、よく財政ファイナンスによるインフレーションを誘発する癖がある。80年代から90年代はブラジルやアルゼンチンなどが壊滅的なハイパーインフレーションを引き起こしていたし、同時期の中国もインフレ率が高い時期があった。
4. 誰がインフレ目標値を定めるか?
中央銀行の独立性は歴史的な経緯によって認められている*4ものなので、その根拠は意外に重い。もちろん日銀総裁の消極的に見える姿勢が問題になってはいるのだが、インフレ目標値を誰が設定するのかによっては、上述の問題が起きうるわけだ。リフレーション政策を推進する評論家たちは、中央銀行の目標は政治的に定めるものだと主張しているが、インフレ目標の数字を政治家が定めるべきなのかは、よく考える必要がある。
さて、安倍総裁は、誰がインフレ目標値を定めるべきだと思っているのであろうか?*5
*1「[FT]日銀の独立性を尊重せよ(社説) 」「総選挙前に議論沸騰 「日銀法」の歴史をひもとく」
*2FRBバーナンキ総裁は「近視眼的な視野を持つ政治の影響下にある中央銀行は短期的な生産と雇用を達成するために本来持つ生産力を超えて経済を過剰に刺激するという圧力を受ける」と述べている(バーナンキ議長講演 中央銀行の独立性、透明性、そして説明責任)。
*3「いかにしてFRBはトルーマン大統領を打ち負かして独立性を手に入れたか」
*4バブルや通貨危機、ハイパーインフレーションの後に、中央銀行改革が行われることは多い。現在の日銀法もバブルの発生と崩壊の反省を踏まえて改正されている(日本銀行)。
*5自民党の選挙公約では「物価目標(2%)」と明示してある一方で、安倍総裁のFacebookのページでは「私は3%が良いと思うが、そこは専門家に任せる」とある。
0 コメント:
コメントを投稿