2018年11月29日木曜日

現実はこんなもんだよねと納得できる『移民の政治経済学』

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日本には名目はともあれ実態としては大量の外国人労働者が入り込んでおり、飲食店やコンビニなどで見かける機会は多いであろう。政府が何と言おうとも、国際基準で彼らは移民に分類される。これからさらに受け入れを拡大する方向になっているが、移民が何をもたらすのかについて、経済面に関しての議論が深まっていると言う感じはしない。

排外主義はケシカランと言うリベラル主張はよく見かける気がするが*1、建前だけでは議論は深まらない。『移民の政治経済学』は移民のもたらす経済的影響について、自分も少年時代に家族でキューバからアメリカに移住してきた労働経済学者のボージャス教授が書いた、移民がどのような影響をもたらしうるかを整理した本で、建前を超えたところで考えていく助けになる本だ。なお、邦題についている「政治」はあまり中身に関係がない。類書*2と被らないためか。

ネット界隈でなかなか評判が良いが、評判に違わず経済学に基づいたしっかりした議論が展開されている。第10章に箇条書きのマトメがあるので、忙しい人はその部分だけチェックしても良さそうなのだが、それまでの各章の議論はバックグラウンドとなる経済学の議論をしっかり感じさせるものとなっている。実例も豊富で詳細だ。マリエリトズに関するデイヴィッド・カードの研究など、よく知られた分析のダメなところを、具体的かつ詳細に説明もしてくれる。移民と非移民労働力の代替性/補完性や、余剰分析などのミクロ経済学の話、一次同次の生産関数の特性と言うマクロ経済学の話、同時性/内生性によるバイアスと言う計量分析の話といった、学部レベルの経済学の知識があると読みやすいと思うが、知らなくても言わんとしていることが分からないと言うほどでも無い。

経済学らしく、分かりやすい結論は提示されない。移民は良い/悪いと言うようなイデオロギー的な結論を押し付けて来るのではなく、どういう前提でどういう結論が出てくるのかを説明してくれる。ただし、経験的に移民が他のアメリカ人全ての経済状態を改善したかのような議論は嘘であり、米国での移民の賛否についてはイデオロギー色が強く真摯な分析に基づいていないと言う批判は重いものだ。移民と代替的な労働者のグループは、それが数学者であっても経済的にはマイナスになる*3。また、米国では排外主義者に利用されそうな研究成果は嫌われ、移民研究にも影をさしているそうだ。計量分析にかけるデータの分類を恣意的にすると結果は大きく変わり、数理モデルの想定を少し変えるだけでシミュレーションが示す未来予測は大きく変化するのだが、曰く、悪用しているアカデミシャンも少なく無い。現実はこんなもん。

日本人としては在日韓国・朝鮮人の一世、二世あたりの話は聞いている人は、メキシコ移民一世がメキシコ人コミュニティに篭ってしまい、言われているほどアメリカに同化していないような話は既視感があるかも知れない。三世ぐらいで経済的同化が進むと言うのも、何だか似ている。アメリカ人がやりたがらない仕事をせっせとやってくれる移民で得するのは企業家や農家と言うのも、外国人技能実習制度にまつわる事件を連想してしまう。過去の経験は未来予測に役立たないと強調されているが、学ぶ価値はやはりあると思う。もちろん今後の日本の移民は、人口減少社会で遊休資本ストックが増えていく社会にやってくるわけで、過去のアメリカに同じ事例を見い出すのは無理な話なわけだが、考える土台にはなる。

*1不法移民が中産以下のアメリカ人の雇用を悪化させたのか? - Togetterまとめ

*2関連記事:“オレの考えた最強の移民政策選手権”だった「移民の経済学」

*3ソ連崩壊で大量の数学者が米国にやって来て、特にソ連で盛んな分野の研究者の就職が難しくなった。先進的な研究者が来ることで波及効果を期待するかも知れないが、それは大きくはなかった。米国人の成果物は減少した(pp.165—170)。

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