2017年5月11日木曜日

“オレの考えた最強の移民政策選手権”だった「移民の経済学」

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移民に関わる政策論争は昔からあるが、未だに議論は尽きていない。欧州では、中東やアフリカからの難民が社会的軋轢を引き起こしているし、中国でも周辺国から単純労働者が流れ込んで問題になっているようで、外国人労働者のポイント制を始めて入国管理を強化しており、日本でも生産年齢人口の減少を背景に、移民受け入れの是非が話されている。しかし、移民政策に関しての基本的知識を持つ人は多くは無い。

事件などの個別事例は頻繁に報道はされるが、統計やそれに基づく研究が紹介される事が少ないからであろう。イスラム圏からの移民の流入でテロが従来になく増えたかのような誤解*1をしている移民に否定的な人は少なくないし、逆によく調べないで移民の流入に何ら問題が無いかのような言説を振りまく排外主義の専門家を自認する社会学者もいる*2。この問題に限らずだが、言い争う前に過去の事象と現在の議論を多少なりとも確認しておくべきであろう。

移民の経済学」は2015年に出た原著の訳本で、各章が別個の研究者によるエッセイ集となっている。第2章から第5章までが、移民や移民政策が受入国と出身国の経済や財政にもたらす影響や同化の進展に関する統計や研究動向を紹介になっており、第6章から第8章が“オレの考えた最強の移民政策選手権”になっている。第1章と第9章は編者による論点整理と全体のまとめになっているが、特に第9章は編者の露骨な政治的バイアスを感じさせるものになっている。米国を念頭に議論されているので、今まで移民の流入が限定的であった国や、外国人労働者の方が人数が多い国に当てはまるかは謎な部分も少なくない。シンガポールや日本の同化政策についても、触れられていない。意外に、あくの強い本だ。

前半部分では、知っておいた方がよい実証研究が多く紹介されている。移民が来ると経済全体にはプラスだが財政や社会保険制度への効果は明確ではないこと、そもそもこれらに大きな影響が出るほど移民は流入しておらず、今後は新興国の経済成長を背景に移民が殺到する可能性が低い事、経済全体の雇用に悪影響がないにしろ、移民が流入してきた産業では賃金の低下などがもたらされる*3事などは、あれこれ言う前に認識しておくべきだ。その政治的無関心から、移民の流入が政治制度などに与える影響が弱いと考えられることも知っておくべき話であろう。長期的には同化も進むし、近年の移民は同化ペースも早いようだ*4

後半部分のあるべき移民政策と言う規範的な議論についても、論点を把握すると言う意味では氏っておいた方が良いかも知れない。ただし、功利主義などの主要な規範に基づく評価もあるけれども、全体的にはオレの考えた最強の社会厚生関数(それらしく言うと、バーグソン=サミュエルソン型の社会的厚生関数)によって移民枠拡大、いや縮小、むしろビザを競売で売れ、入国税をとって移民流入の社会的費用を負担させろ・・・ぐらいの見解の一致を感じない話になっている。第9章のこの点に関する編者のまとめも強引で、適切な利益配分機構が用意できなければ補償原理に基づく厚生改善など絵に描いたモチであることを無視し、いかなる社会厚生関数でも合法的移民の増加に問題がないと言っていて、露骨な政治バイアスを感じざるを得ない。

*1関連記事:西欧のテロ犠牲者数は減っている

*2不法移民が中産以下のアメリカ人の雇用を悪化させたのか? - Togetterまとめ

*3移民の経済効果(P.17--28)の節で、移民による低熟練労働者の増加が、非移民の低熟練労働者の賃金を引き下げたと言う研究に、両者が主に語学力を理由に完全代替ではないことから、懐疑的な見解を示しているのだが、移民の非中立性(P.151--153)の節では、ブラセロ・プログラム(メキシコ人契約労働者導入計画)の打ち切りにより、メロン生産では、賃金率が67%上昇、現地雇用は262%増加、栽培面積は26%減少、生産量は23%減少し、価格は6%上昇、総雇用は22%減少し、イチゴ生産では、賃金率が12%上昇、現地雇用は51%増加、栽培面積は15%減少、生産量は4%減少、価格は11%上昇、総雇用は16%減少したと言う研究(Wise (1974))を紹介している。また、高技能労働者でも同様で、1965年から1976年までのアメリカで、意思の診断サービス市場への移民制限を自由化しなかったならば、医師の収入は1971年までに11%上昇していたと言う研究(Svorny (1991))を紹介している。移民が消費を増やす事で他の産業が活発化するのかも知れないが、移民が入ってくる産業にとどまる労働者は、やはり厳しい状況には置かれるようだ。

*4ただし、第4章では同化のペースが加速している事が説明されているが(P.215)、第7章では同化しなくなってきていると指摘しており(P.215)、見解が統一されているわけでもないようだ。

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