喫煙に大きなリスクがあることが分かっているし、動物実験では副流煙の健康被害が示されているので、間接喫煙の発がんリスクがあると見なす事自体は不自然でもないのだが、疫学的な計量分析は信憑性がそう高くない段階で留まっている。また、未知の因子が真の原因であり、間接喫煙はその交絡因子とたまたま相関しているだけと言う疑念は、ランダム化比較実験を行なえない以上、計量的には最後まで残る。
1. 間接喫煙の発がんリスク全ては交絡バイアスで説明不可能説
ところが、著名ジャーナルに載っているメタアナリシスによって示されている、家庭内での間接喫煙が女性の肺がん相対リスクを1.22倍増やすという結果を持ち出し、未測定交絡のバイアスだけで片付けるにはあまりにも大きすぎると主張している人がいる*1。比較的新しく提案されたSensitivity Analysisを用いて逆算すると、交絡因子の肺がん相対リスク、受動喫煙の肺がん相対リスク、交絡因子-受動喫煙のリスク比のどれかが1.74を超えないといけないそうだ*2。
2. ロジットモデルを仮定したシミュレーションによる検証
計量分析をやった事があれば、未知の交絡因子の影響の上限を把握できるかも知れない分析があると聞いて、興味が沸かないはずがない。早速、この制約が大きく、間接喫煙の発がんリスクは交絡バイアスで全ては説明不可能と言えるかを検討してみたのだが、そんな事はなかった。
観察された受動喫煙の肺がん相対リスクは1.22倍なので、交絡因子の肺がん相対リスクもしくは交絡因子-受動喫煙のリスク比が1.74を超えればよい。
発がん相対リスクの一覧を見ると、C型肝炎(36倍)、直接喫煙(4倍超)、泥酒(4倍超)、ピロリ菌(10倍)、塩分過剰摂取(約3倍)と強烈なものもあるが、運動不足(1.7倍)や肥満(1.5倍)など1.74を下回るものも多い。「一つの要因でこれだけ強力な関連が見られることはレア」と言うのは言いすぎな気がするが、交絡因子-受動喫煙のリスク比が1.74を越えないと、かなりの可能性は排除できるであろう。
さて、交絡因子-受動喫煙のリスク比(RREX)が1.74を超える状況とは、どういう状況であろうか。リスク比と言われてもそうピンと来ないし、Sensitivity Analysisの論文では2×2表から計算される二つのリスク比のうち最大のものを交絡因子-受動喫煙のリスク比としている。そこで、交絡因子と受動喫煙をそれぞれ二値変数とし、交絡因子と受動喫煙に相関があり、交絡因子によって肺がん罹患率が変化するロジットモデルを作成し、受動喫煙の肺がん相対リスク(RRE)が1.22倍~1.23倍のときの、交絡因子の肺がん相対リスク(RRX)とRREXの対応関係を見てみた*3。
RRX | RREX | COR(X, E) |
---|---|---|
1.850 | 1.611 | 0.220 |
1.600 | 1.750 | 0.260 |
1.818 | 1.979 | 0.307 |
1.850 | 2.744 | 0.453 |
1.818 | 2.868 | 0.473 |
1.724 | 3.171 | 0.507 |
1.448 | 4.207 | 0.620 |
1.360 | 4.429 | 0.640 |
1.448 | 4.704 | 0.667 |
1.218 | 6.429 | 0.761 |
まず、RRXとRREXの反比例関係が分かる。次に、RREXが1.7だとRRXに1.8ぐらい要求されているので、だいたいRREX=RRX=1.74が最低値になると言う理論通りになっている事が分かる。一方でRREXが5もあると、RRXは1.4程度で済むようだ。相関係数で言えば0.7ぐらいの強い相関が交絡因子と受動喫煙の間にあると、そう強烈でもない交絡因子のバイアスによって間接喫煙の発がんリスクが捏造されてしまうことが分かる。
3. 結論
相関係数0.7はそこそこ強い値ではあるのだが、交絡因子は一つであるとも限らない。重回帰をすれば、相関係数は上がるもの。愛煙家のロナルド・フィッシャーでなくても、間接喫煙の発がんリスクは交絡バイアスで全ては説明不可能と強く出られてもちょっと困惑する。疫学的な計量分析にあれこれ検定をかけるよりは、やはり動物実験など他の研究成果を参照するほうが、副流煙の危険性を訴えやすいと思う。そもそも臭い・煙たい思いをする不快感の抑制を理由に、間接喫煙の予防処置をとっても良いと思うが。
*1受動喫煙防止法について論点整理①:受動喫煙による健康リスク・死亡者数の推定はどのくらい信用できるか? - Unboundedly
*2この説明はブログのものと異なるが、Twitterにおけるブログ主とのやり取りで理解できた範囲なので、間違いではないであろう。なお、ブログには「1.22というバイアスを引き起こすためには、その未測定交絡因子と受動喫煙、肺がんそれぞれの関連の強さがリスク比で1.22+sqrt(1.22*(1.22-1)) = 1.74である必要があります」とあるのだが、「それぞれ」は「どれか」の誤記のようだ。
*3原型となるソースコードのパラメーターを変えてRRE、RRX、RREXの組み合わせの集合を作り、そこからRREが1.22倍~1.23倍のときの要素を選択した。
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