フェミニストの小松原織香氏(font-da氏)が江口某氏の「EUの女性に対する暴力の調査はすすんでるなー」への返信「[性]性暴力・DV被害の実態調査の記事の追記」を返しているのを傍目で見ていて、気になる点が幾つかあったので指摘しておきたい。統計学に関する初歩的な誤りが2つあり、小松原氏が社会調査を拒絶するために援用している仮説に脆弱さがある。
1. 統計学に関する初歩的な誤り
まず、頻出ではあるが論には関係の無いマイナーなところだが、母数(parameter)は確率・統計において、確率分布を特徴付ける数で、観測数、回答数の事では無いから、さくっと修正して欲しい。この辺の用語は誤用されやすい翻訳で、内閣府も標本サイズではなく標本数と書いてしまったりするが、学者ならばなるべく正しい用語を心がけて欲しい。なお、母集団は女性全体、標本集団はサンプリングをして質問を試みた先で、送った先の数は調査対象数、調査対象から来た返事の数は回答数、そのうちおかしな事が無かったものは有効回答数でよいと思う。
次に、論には関係がある上に頻出の誤りなのだが、有効回答数が741で少ないと言う主張は説得力が無い*1。被暴力経験ある/なしの二項分布を問題にしているので、計算した被害率と有効回答数から標準偏差を計算し、区間推定を行なう事ができる。例えばパートナーからの身体的暴力を受けた女性の比率の95%信頼区間は6.9%~11.1%ぐらいになり、有効回答数の“少なさ”を考慮してもEU平均(20%)よりも低い事が分かる。大小比較を行なうには、十分な有効回答数だ。
パートナーからの暴力を「警察に連絡・相談した」という女性の被害者がゼロで、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」の2.8%と乖離があるのが気になるようだが、小松原氏が主張するように有効回答数が小さいから生じた管理なのではなく、調査方法の違いに起因していると考えるべきだ。調査方法によって被害率の推定値は上下する。だから、EUの調査結果(14%)と比較するのであれば、調査方法を揃える必要があるから、龍谷大学の津島教授と浜井教授の調査とEUの調査を比較するしかない。なお、仮に日本の真の値が2.8%だとしても95%信頼区間は1.6%~4.0%になるから、日本の通報率が低いと言う話は変わらない。
誤りとは言えないが、論として弱い話も指摘しておこう。津島氏・浜井氏が調査対象にした近畿が日本を代表しているとは言えないと言うのは適切な批判だが、犯罪発生率などを見るに日本でもっとも暴力的なのは近畿だと考えられるので、近畿のデータで被害率を出すのは、上方バイアスであっても、下方バイアスではないと予想されるから、日本では女性への暴力は少ないと言う結論は変わらないであろう。
どうしても調査結果を受け入れたくなければ、有効回答率が低いから信頼がおけないという議論は可能であるので、それを主張し続けることはありだと思う。被害経験者は社会調査に関心をもって回答するようになるのか、逆にパートナーからの暴力を連想するものを避けるようになるのかは何とも言えないが、ともかく根拠として認めない姿勢はあり得る。
ただし、他に言及したい調査結果の有効回答率に例えば50%という基準を設けることになるので、今後のことを考えると慎重に基準を決めた方が良いかも知れない。恐らく、この手の大半の調査を有効回答率不足で拒絶しないといけなくなる。
2. 暴力に関する支援・教育は女性に被害を告白させるか?
小松原織香氏は「被害女性の回答の割合が高い国は、被害実数が多いのではなく、支援・教育が行き届いているために、調査でも被害について話しやすい」から、津島氏・浜井氏の日本の調査で低い被害率が出たと主張しているが、女性への暴力に関する支援・教育が、女性に社会調査で被害を告白させるようになると言う仮定に基づいた議論になっている。
抽象的な話なのだが具体的に書き直すと、小松原氏は10人に1人以上の日本人女性はビンタをされたり、モノで叩かれて怪我をした経験を忘れてしまっていたり、心の重荷になっていたりして調査員に話せないが、西欧や北欧で行なっている支援・教育があれば話せると主張している。小松原氏はたぶん10人に1人以上とは自覚していないと思うが、日本の被害経験率と西欧・北欧の被害経験率をひっくり返すには、これぐらいの効果量がいる。忘却や精神的効果以外にも、文化的に夫から殴られても暴力だと思わない妻がいる云々と言う話を思い浮かべるかも知れないが、EUのViolence against women surveyとそれに準じた龍谷大学の津島教授と浜井教授の調査は、平手打ちや怪我をするぐらい器物で殴るなど具体的な行為について質問をしており暴力の定義を教える効果は関係ないし、そもそも日本においては暴力を暴力と認識できない人は少ないようだ*2。
モヤモヤと誤魔化されているのだが、女性への暴力に関する支援・教育が女性に社会調査で被害を告白しやすくするような計量分析は無さそうであるし、そもそも女性への暴力に関する支援・教育が何かが分からない。支援の中身がDVシェルターだとして、なぜDVシェルターが身近にあると調査員に被害を告白しやすくなるのであろうか。夫婦喧嘩で夫が妻を殴るのはよくある普通の行為と認識している社会と、妻を殴るのは非人道的な違法行為と教えている社会で、どちらの方が妻は夫に殴られた事をおおっぴらに告白できるのであろうか?
小松原織香氏は、女性への暴力に関する支援・教育がいかなるもので、どのように社会調査で女性に被害を告白させるようになるのか、説明すべきであろう。ジェンダー論を学んだ人々の多くは、本に書かれている主張を疑わずにのみ込んでいる事が多いようなので、それが当然だと思っているのかも知れないが、まったく自明には思えない仮説だ。
3. まとめ
気になる部分は他にもあるのだが、前のエントリーで既に指摘したことも多いので、とりあえず3つ挙げてみた。全般的に女性への暴力に関する支援・教育が善い効果を持つと信じているのだと思うけれども、何をどれぐらい改善するのかと言う視点で持論を見直す事をして欲しい。
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