2018年9月4日火曜日

飲食店内の副流煙の有害性を示す文句をつけづらいある研究

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喫煙規制推進者は、副流煙の有害性を盲目的に信じたがる傾向があるのだが、統計分析でそれを言うのには困難が付きまとう。発がん性を指標にしてしまうと長期効果なので統計的に示しづらいし、そうでなくても健康意識が低い病気になりやすい人ほど副流煙を吸いやすいのでは無いかと、同時性(内生性)を疑われたりしがちだ。病因など無数にあるわけで、他の隠れた原因と副流煙が相関する交絡効果も、当然、疑われる。

さらに政策的観点、飲食店内の副流煙の有害性について考えるのは難しい。同居家族からの健康被害を、飲食店の健康被害を拡張するには、暴露量などの差異を考えなければならない。配偶者と過ごす時間よりも、勤務先の飲食店内で過ごす時間の方が長い気もするが、かなりのヘビースモーカーの同居家族がいないと健康被害は観測されない面もある。とにかく、きちん調べてみないと分からない*1

1. 屋内禁煙拡大で飲食店勤務の母親の新生児の健康状態が改善

飲食店内の副流煙の有害性を示すのは一筋縄ではいかないのだが、検出しやすい指標を選んで、自然実験を上手く使うことで、疑うのが難しい計量分析があったので紹介したい。ハンガリーでは2012年に屋内禁煙の範囲が拡大し、バーやレストランなどの飲食店も禁煙になった。Hajdu and Hajdu (2018)*2は、喫煙規制の拡大前後の飲食店の女性従業員とその他の女性の新生児の健康状態を使い、差分の差分法(DID)で規制効果を測定し、飲食店の女性従業員の新生児は、喫煙規制の強化によって、統計的に有意な水準で、妊娠期間が長くなり、出生体重が増え、体格指数がよくなり、未熟児が減ったことを確認した。1.33日の妊娠期間の伸びの意義は謎だが、低体重時が7.7%から2.2%ポイント減、超低体重児が1.9%から1.2%ポイント減、乳児死亡率に換算して0.5%ポイント減の効果と言うのは、大きな効果に思える*3

2. 差分の差分法(DID)で交絡効果を上手く処理

DIDは政策効果の評価に良く使われる手法で*4、自然実験となる政策の影響を受けやすいグループ(処置群)と、政策の影響を受けづらいグループ(対照群)の、政策導入前後の状態の差を測定するやり方だ。この研究では、喫煙規制の強化前後の{新生児の健康状態}を、{母体が飲食店勤務ダミー}と{規制強化後ダミー}と{母体が飲食店勤務ダミー}×{規制強化後ダミー}と、母体の年齢や健康状態、学歴、出産経験、中絶経験などのコントロール変数でOLSで回帰している。{母体が飲食店勤務ダミー}で、飲食店勤務の女性とその他の女性のそもそもの差異を制御し、{規制強化後ダミー}で、社会全体の健康状態の改善や医療技術の進歩などの時系列データに入りがちで、かつその影響が評価しづらい影響を制御している。こうして政策効果が{母体が飲食店勤務ダミー}×{規制強化後ダミー}で観察される。

3. 内生性(同時性)が無い事をplacebo regressionで確認

もちろんDIDだけでは、「喫煙規制の強化で健康意識の高い女性が飲食店で働くようになったのではないか?」と言う内生性に関する疑問は残る。喫煙規制の前後で、飲食店勤務とそれ以外の女性の集団の性質が変化したかも知れない。これを理論的に完全に排除するには、ランダム化比較実験を行なうしかないが、この研究では一つの自然な仮定を置いた回帰分析(placebo regression)により、この内生性の可能性を排除している。

母親の健康意識が高いのが理由であれば、喫煙規制の強化に関わらず、その母親の子の健康状態は良いはずだ。すると、(全て喫煙規制実施前に産まれている)上の子の健康状態を従属変数に、DIDと同様の説明変数で回帰をすれば、{母体が飲食店勤務ダミー}×{規制強化後ダミー}に有意性が出ることになる。しかし、このplacebo regressionではこのクロス項に有意性はなく、この内生性の存在は否定された。

4. 日本の喫煙規制の論争に有益な研究

日本の乳児死亡率はかなり低いのでここまでの効果は出ないだろうが、喫煙規制推進者が振り回すのに値する分析だ*5。ハンガリーと日本で喫煙率にそう大きな差はなく、さらに2003年時点でハンガリーはたばこ規制枠組条約に署名を行なっている*6ので、分煙対策などが日本よりも遅れていたため、政策効果が大きく出たとは言えない。飲食店の副流煙によって、女性従業員(と言うか、胎児)の健康被害はあり、女性従業員に妊娠をするなとは言えないし、女性従業員を雇うなとも言えないので、飲食店の飲食スペースの全面禁煙を主張する強い根拠になる。なお、過熱式たばこや電子たばこについては、この研究からは何とも言えない。

ところで、飲食店の飲食スペースの全面禁煙を主張するために、飲食店内の副流煙の有害性を示す必要があり、飲食店内の副流煙の有害性を示すためには、飲食店内の全面禁煙が必要なので、根拠に基づく政策形成(EBPM)には無根拠で突っ走る先行者がいるから、その名前に偽りありなどと言わないように(´・ω・`)ショボーン

*1甘い根拠で有害性を断定されると、色々と突っ込みたくなる(関連記事:科学的に飲食店内の副流煙が有害と言えるのか?)。

*2ディスカッション・ペーパーが公開されているので、こちらを参照した。

*3昔、問題になった新生児へのビタミンKシロップの投与忌避では、0.05%ポイント程度の影響であった(関連記事:ホメオパシー信奉者の助産師は、新生児の死亡リスクを31%増加させていた)。

*4差分の差分分析(Difference-in-differences design) – 医療政策学×医療経済学

*5もちろん絶対的な結果ではない。統計的因果推論を使った研究は時代や地域で結果が変化することはある。

*6たばこ規制をめぐる内外の動向 - 国立国会図書館

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