2017年5月29日月曜日

科学的に飲食店内の副流煙が有害と言えるのか?

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

飲食店内などを原則禁煙(完全分煙された喫煙室は設置可)にしようとする健康増進法改正案に関して、賛否が色々とあるようだ。この改正の正当化をしたいあまりに、科学的なエビデンスを過剰に喧伝している人々がいるので批判したい。疫学調査から得られた統計は有意性も効果量も弱いものであって、喫煙習慣による発がんリスク上昇を知らなければ、そんなに強い信念を持てない分析結果であるはずだ。

1. 個々の研究に有意性が無い

国立がん研究センターのプレスリリースで、統計的に有意な数字で相対肺がんリスクが1.28倍(女性に限ると1.31倍)と言う結果が得られていて、これが代表的な疫学的根拠(もしくはそれのまとめ)になると思う。

9本の独立した学術論文の分析結果をつなぎ合わせたメタアナリシスになっており、参照されている個別の研究は、配偶者やその他家族の喫煙習慣により、肺がんによる罹患/死亡相対リスクが上昇するか見たものだ。2本でヘビー・スモーカーの配偶者の存在により相対リスクが統計的に有意に上昇する事が示唆されているが、残りの7本は厳密には何とも言えない感じの結果だ。ヘビーに限らないと9本とも有意性は無い。これを全部をつなぎあわせると1.28倍となるが、大規模なコホート分析と小規模かつ信頼性の低いケース・コントロール分析が混じっており、これだけ雑多な分析を足してよいものかは疑念が残る。

本当に1.28倍の相対リスクがあるのであれば、非喫煙者の女性だけで観測数が何万もあるコホート分析の研究で何か出て来そうなものだが、そうはなっていない。メタアナリシスは出版バイアス、この場合は副流煙で健康になったような分析結果が公表されない可能性が残るので、危険性を示す方向にバイアスがかかることも考慮すると、そう強く信じられる結果では無い*1

追記(2017/05/30 03:45):id:tikani_nemuru_M氏が「疫学者が確実だと断定した」とコメントをつけているのだが、実は疫学者も「次のメタ解析のような結果を反映してのエビデンスが重要と捉えられているようだが、関与している疫学研究は対照比例研究を含み、社会的因子や生活習慣の因子など交絡因子の調整が不十分でさらに出版バイアスも疑われ残念ながら質が低い」と言っていたりする。

2. 示されているリスク上昇幅は小さい

1.28倍と言う数字もかなり微妙だ。男性の年齢調整罹患が10万人あたり12.8人の膀胱がんを、従業員40人のうち5名が2年間で罹患した北陸の染料・顔料の原料工場の事例(相対リスク976倍)と比べると、インパクトにかける。

「身長の高いグループが悪性リンパ腫になるリスクは、低いグループの1.38倍」「身長が160㎝以上では148㎝以下の女性に比べて閉経前で1.5倍、閉経後で2.4倍乳がんになりやすい」ような話を聞いたことのある人は多いであろうが、1.28倍程度の小さい数字はコントロールし切れていない隠れた要因によって、簡単にもたらされうる。

自動車や火力発電所などから出る窒素酸化物や硫化酸化物による大気汚染が肺がんの原因になる事が知られているが、居住地などはコントロール仕切れているであろうか。相対リスク976倍であれば、窒素酸化物や硫化酸化物の汚染など微々たる霍乱にしかならないわけだが、1.28倍であれば、もしかしたらこれの交絡効果かも知れない*2

追記(2017/05/30 11:40):NATROM氏から「暴露割合や肺がんの罹患率の高さを考えると相対リスク1.28倍は微妙ではなく大きい」と言う指摘をもらったのだが、1.28倍を真として副流煙を浴びる人数や肺がんで死亡する人数から社会厚生を評価すると小さいと見ているわけではなく、計量分析上、何かの勘違いでは無いだろうなと見なせるほどの大きさでは無いと指摘している。なお、何かが何だか分かるのであれば、フィッシャー以来の論争に決着がついて、タバコ会社の手先を粉砕する事ができる。

3. 飲食店内の副流煙を検証していない

飲食店内の原則禁煙として考えた場合、これらの研究が示す効果量から政策効果を予測して良いのかも疑問になる。参照されている研究は、配偶者もしくは家族の喫煙による肺がん相対リスクの上昇を示すものであって、飲食店の副流煙による健康被害を示すデータでは無い。間接喫煙により毎年1万人が亡くなっていると言うような話もあるが、飲食店内の副流煙がそれにどの程度寄与しているのかは全く分かっていない。副流煙が生物に与えるダメージは単純に蓄積されていくわけではなく、再生補修されることが分かっているので、飲食店で短時間暴露される程度では、被害が限りなくゼロに近い可能性すら残っている。

4. まとめと政策的含意

喫煙に大きなリスクがあることが分かっているし、動物実験でも腹部に発ガン物質を突っ込んだマウスで副流煙への暴露の有無による効果を比較したら肺がん発生率が高くなると言える*3ようなので、副流煙の害は否定できない。しかし、疫学データによる間接喫煙の害の程度のエヴィデンスは強いものとは言えないので、人間に対する害悪の程度はよく分からない。

分煙が進む飲食店内の副流煙の害悪であれば、その有無を含めてなおさら分からない。統計学的に厳密に考えすぎて健康被害が拡大するリスクを無視していると思う人もいるかも知れないが、偽科学の類を統計的有意性が無いことで切り捨てているわけで、間接喫煙がもっともらしいからと言って、違う基準を当てはめるわけにはいかない。肺がん以外のリスクも指摘されるが、違う疾患であっても因果関係を主張するには、科学的な分析が求められる。

厚生労働省案は疫学的に肯定しようとするよりは、臭い・煙たい思いをする不快感の抑制もしくは、喫煙者が喫煙可能な飲食店などを強く推奨するのを抑制する手間暇の節約と言う、現在では圧倒的多数派になった非喫煙者の効用に最大限配慮するというような理由の方が、理屈としては無理が無いであろう。政治的にこれで通るかは不明だが。

*1このメタアナリシスの論文では、Egger検定で有意性が無いことを確認した上で、Funnel Plotを用いて精度をコントロールした効果量の対照性を検討し、論文2本相当の出版バイアスが予想されるものの、それが加わっても全体の結論には影響は無いと主張している。ただし、相対リスクが1倍未満の研究がごっそり抜けていても、こういう形状になるだろうなと言うプロット結果なので、出版バイアスの可能性を完全に排除できているわけでもない。

*2三上・高山・稲田・岡本 (2008)では、1975年から2001年までの千葉県において、浮遊粒子状物質(SPM)と肺がん罹患リスクを分析し、高濃度地域では相対リスクが1.4倍程度になることを示している。配偶者が喫煙者の場合、高汚染地域に居住する傾向があるのであれば、この交絡効果で1.28倍と言う数字が出て来ることになる。なお、この研究も中濃度地域では罹患リスクが低濃度地域よりも低下しており、解釈が難しいものとなっている。

*3馬場・山口・岩崎 (1984)を参照した。通常の社会生活における副流煙の暴露量では、相当な数のマウスを用意しないと肺がんの発生を確認できないようだ。

0 コメント:

コメントを投稿