2018年3月4日日曜日

たばこの有害物質の量と心疾患

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喫煙の害と言うと肺がんを思い浮かべる人が多いと思うが、心疾患の発症率を引き上げる事も知られている。喫煙者本人だけではなく、受動喫煙でもリスクは増える*1

疫学研究では研究ごとに統計的有意性があったりなかったりする*2のだが、前向きコホートで喫煙者の配偶者を持つ非喫煙者の男女の心疾患が統計的に有意だと示した研究があり(Helsing et al. (1988))、有意性が無い研究よりも識別がしっかり出来ていそうだ。

さて、この副流煙による心疾患への影響、燃焼式と比べて有害物質の排出量が10分の1*3と言われる過熱式/電子式たばこでも観察できるであろうか?

1. 有害物質の量と健康被害は相関する

Helsing et al. (1988)では、心疾患の発症率を夫の場合は1.31倍、妻の場合は1.24倍にするとされる。有害物質に対してリスクが線型であれば1.03倍程度にしかならないし、一般に病気の罹患率モデルとして使われるロジスティック関数の場合はもっと低くなるからだ。罹患率が50%を下回る状況ではリスクは逓増するので、有毒物質の量が減ればリスクは激減することになる。心疾患の患者数は173万人弱で、罹患率は2%未満である。高齢者に限っても、過半数とはいかない。また、Helsing et al. (1988)でも、こういう供与量効果(doze effect)があることを確認している。

2. 供与量効果が逓減すると言う主張

ところが日本禁煙推進医師歯科医師連盟の『加熱式タバコに対する運営委員会緊急声明(改訂版)』では、この供与量効果を逓減だと考え、線型もしくは逓増だとは認めていない。

医学や公衆衛生学においては、毒物の量が少なければ害も比例して少なくなる、という単純な図式は成立しません。例えば、受動喫煙で吸い込む煙の量は、喫煙者本人が吸い込む煙の量に比べて1%程度です。しかし、喫煙者本人は受動喫煙を受けていない非喫煙者に比べて心筋梗塞が50~80%多いのに対して、受動喫煙を受けている非喫煙者でも受動喫煙を受けていない非喫煙者に比べて心筋梗塞は約30%多く[Pechacek , Babb 2004]、受動喫煙に晒されるだけで、喫煙者本人の半分に相当するリスクを負わされることになります。

Pechacek and Babb (2004)で、直接喫煙の相対リスクと受動喫煙のそれを比較すると、有害物質の量に対して罹患率が逓増していないことを示しているのは確かだ。以下のグラフにまとめられているが、まったくロジスティック関数になっていない。

Pechacek and Babb (2004)の図が真だとすると、燃焼式の受動喫煙から喫煙なしまでは供与量効果は大きく過熱式/電子式たばこの危険性は低いことになるが、この図よりももっと強烈な偏りがあると同連盟は考えているようだ。

3. 供与量効果が逓増する推定結果

供与量効果が逓減していくので、ごくごく微量のたばこの副流煙も危険と言うのは信じ難い。

喫煙者はともかく、非喫煙者の間接喫煙の量など正確に測れない。一日0.2本分とされているが、そう信頼のおける数字では無い。相対リスク自体も誤差が大きく、Helsing et al. (1988)でも、95%信頼区間を出すと1.1~1.6と1.1~1.4である。

研究ごとに制御しているその他の影響もまちまちだ。安易に異なる研究で得られた相対リスクを並べて、供与量効果を否定できるものであろうか。さらに、1日5本ぐらいの喫煙だと統計上は心疾患のリスクが減りかねないことが知られていて(ホルミシス効果)、それを信じて良いのか議論になっている(Cox (2012))。Cox (2012)の図を見ると、逆の傾向を示している。

有害物質の量を変えて疾患の発生率を見た動物実験の研究があれば参考になるのだが、有名なものは無いようだ。

4. 加熱式/電子式のは統計的有意には多分ならない

こういうマチマチな分析結果が並ぶのは、疫学データで繰り返し実験ができないので、標準誤差を小さくできないため。何を信じれば良いのかと言う感じだが、他の有毒物質の供与量効果がロジスティック関数に従うと見なせる以上は、喫煙の害も同様と考えるのが自然だ。

燃焼式の受動喫煙の相対リスクを1.3と見なした場合、加熱式/電子式の有毒物質の量が1/10であれば、その相対リスクは1.03未満となる。さらに、燃焼式の受動喫煙の相対リスク1.3は、1963年から1975年の米国の調査であるので、今よりもニコチンやタールの量が多いたばこであるし、家庭内での分煙習慣も今の方が厳しいであろうから、1.03未満も大目である。

統計学の有意性検定では、効果量が1/10になると、標準誤差を1/10にしないと有意にできず、そのためにはサンプルサイズを100倍にしないといけない。Helsing et al. (1988)では2万人弱の調査対象がいたので、200万人ぐらいのコホート研究が無ければ統計的に有意と言うことはできないであろう。200万人を12年間追跡するのは、現実的ではないように思える。

5. 観察できない健康被害をどう考えるべきか?

日本禁煙推進医師歯科医師連盟も日本呼吸器学会も、過熱式/電子式たばこの有害性を言いたいようだが、頻度主義者であれば健康被害ゼロと見なすべき状況に思える。受動喫煙に被害者の便益はないから、予防原則から考えて有害として取り扱うのがやっとである。

万が一、害を確認できたとしても、その効果量は極めて小さいであろう。低レベル放射線にしろ、ワクチンの副作用にしろ、健康被害が統計的有意に確認できないか、効果量が極めて小さいことに無害として取り扱っている事象は多い。喫煙が気に入らないからと言って、特例的に基準を厳しくするのも奇妙だ。

こういうわけで過熱式/電子式たばこの受動喫煙防止策に関して、健康被害に関する統計分析だけで相手を説き伏せるのはちょっと無理がある。日本呼吸器学会が測定誤差が大きすぎる研究を信頼できる事実のように引用していた*4が、医師会の主張は規制強化のために勇み足になっているかも知れない。

6. 健康被害だけで規制の正当化をしなくてもよい

過熱式/電子式たばこに反対するにしろ、もう少し視野を広げてみるべきだと思う。喫煙室での飲食が全面的に禁止されるが、過熱式たばこを例外にするかが議論になっているが、有害性で見てしまうと、燃焼式と過熱式で取り扱いを変えるのが妥当に思える。しかし、灰皿が置いてあるスペースで過熱式たばこだけは禁止と言うのは無理があると考えれば、まとめて禁止の方が望ましく思えてくる。また、過熱式ほどではないと宣伝されているが、煙たい・臭いだけでも周囲の人間には迷惑なので、規制すべき理由になる*5

*1久保田・三浦・朔 (2007)「受動喫煙を防ぐことによる循環器疾患への影響」月刊心臓

*2Passive Smoking and Heart Disease Epidemiology, Physiology, andBiochemistry (PDF Download Available)

*3関連記事:加熱式たばこの間接喫煙の有害性

*4非燃焼・加熱式タバコや電子タバコに関する日本呼吸器学会の見解」で、参照している有害物質を計測した論文は、計測回数がニコチンで4回、95%信頼区間を出すと-38μg~640μgと統計的にはデタラメであった(関連記事:ある医学雑誌で報告された加熱式たばこが排出するニコチンの量のイカサマ感)。

*5従業員は煙たい・臭いを覚悟して雇用されているから分煙すれば十分と言う議論が予想されるが、雇用側の独占力を考えると受動喫煙を回避して勤務先を選ぶことができない可能性がある。ただし、近年は雇用が良いこともあり、分煙ではパートタイマーが集まらず、全面禁煙に踏み切る飲食店も出てきている(NIKKEI STYLE)。

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