2017年2月22日水曜日

シムズ式脱デフレ策に乗るべきか?

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インフレ目標達成までの消費税増税延期をすべきと言うシムズ式脱デフレ策が、マクロ金融政策に興味がある人々の間で話題になっており、国会質問でも言及されていた*1。日銀が国債の4割以上を買い占めるという大規模な量的緩和にも関わらず、未だにインフレ目標に未達の現状から、一部の量的緩和信奉者以外には金融政策の限界についてコンセンサスがあるようだ。消去法でシムズ式脱デフレ策は有力なデフレ対策になるわけだが、今から乗るべきかと言うと疑問符がつく。

1. デフレ脱却は必要なのか?

ノーベル賞受賞経済学者のクルッグマンとシムズは、デフレは良く無いと言っている。しかし、ずっとデフレであった日本経済はスティグリッツに言わせれば良いことになるし、クルッグマンも悪くないと言っている*2。景気は決して悪くないし、日本だけ成長して来なかったと言うこともない*3。デフレ脱却をしたらさらに良くなるのかも知れないが、それはシムズがインタビューで認めるように理論的には自明ではない*4。名目ゼロ金利制約による実質金利の高止まり、将来の景気後退に備えた名目金利の利下げ余地の確保(糊代理論)、賃金の下方硬直性、債務負担の増加、さらなる物価下落を予測した家計の消費意欲の減退がデフレの問題点として挙げられるが、ニュー・マネタリストは緩やかなデフレの方が良いと言っている。経験的にもデフレとインフレで経済成長に差異は無いと言う話もあり*5、デフレ脱却が喫緊の課題とは断言できない。インフレになると困窮者がさらに困ると言う議論もある*6

2. 新たな施策を打たないといけないのか?

デフレ脱却が必要だとして、新たな施策を打たないといけないかは別だ。白川日銀の頃から景気回復にあわせて、インフレ率は上昇傾向にある。コアコアCPIでみてもエネルギー価格などの輸入物価の動向に影響を受けるので多少のブレはあるわけだが、基調的インフレ率が上昇傾向にあるのは認めても良いであろう。人々がリカード型財政だと信じているのであれば、消費税増税は今の物価に既に織り込まれているわけだし、果報は寝て待て放置プレイも、そう悪い選択肢ではないはずだ。

3. インフレ目標政策の趣旨から外れないか?

目標未達なのだから、やはり達成するべきだと思うかも知れない。しかし、それはインフレ目標政策の趣旨からは外れる。もともとインフレ目標政策は「市場にきちっとした物価目標を提示することで、インフレ期待の安定と、金融市場の安定性を確保する」ものだった。金融政策の見通しが良くなればよいので、目標値に達していなくても、低金利政策が続くと市場が理解していれば、インフレ目標政策は機能していることになる。最近の金融政策を見ていると、デフレ対策の追加金融政策に市場が振り回されていて、当初の趣旨など吹っ飛んでいる気はするが。

4. 理論的、経験的に説得力はあるのか?

経済の混乱は覚悟でも、早期の目標達成を目指して、新たな施策を打つべきだとしても、シムズ式脱デフレ策に乗るべきかは別の問題になる。

4.1. 経験的にはFTPLに説明力は無い
インフレ目標達成までの消費税増税延期と言う施策自体はFTPL*7を用いなくても主張できる気もするが、シムズが説明に使っているこの理論は、最も単純なバージョンではだが、利上げをするとインフレになる非直観的なものだ。財政余剰の割引現在価値が物価水準を決定する事になるが、人々はそれを主観的に見積もっているとされるので、FTPLが現実を良く説明しているのかしていないのかすらはっきりしない。政府負債が膨大な今の日本がデフレなのは、政府が基礎的財政収支の黒字化を達成するリカード型財政政策だと信じられているからと言われても、それを検証する術がそこにはない。またブラックボックスな所もあり、政府負債と財政余剰がつりあうように自動的に物価水準が定まるわけだが、どういう理屈で定まるのかは文学的な説明が与えられているだけである。シムズの弟子の塩路氏も疑問を呈しているわけで*8、法則として見るとかなり弱い。
4.2. 今とっている金融政策と折り合いが悪い
FTPLでは中央銀行は名目金利の上げ下げを目標に金融政策を行なう事になっており、現在のように通貨供給量を目標にすることは想定していない。むしろ通貨供給量で政策を行なうと、すぐに破綻してしまうことになる*9。FTPLを離れても、日本銀行の金融政策の実行能力が落ちており、人々の将来の政府余剰への見込みが予想以上に更新されたときの備えに不安がある。日銀保有国債の平均残期間が伸びているので、自然償還ではマネタリーベースの回収速度に不安がある。売りオペは、財務的に限界が出る可能性が高い。マネタリーベースを回収せずに日銀当座預金に縛り付けようと超過準備に付利をつけると、同じように財務悪化する。財務悪化は中央銀行の債券オペ能力に限界が近いことを市場にアナウンスするので、貨幣の流通速度が上がりインフレ加速が進んでしまうかも知れない。南米でやったような預金封鎖や賃金抑制命令は政治的に大混乱だし、そもそも日銀にそんな権限は無い。法定準備率の爆上げならできるが、法定準備率を30倍にしたときに、短期金融市場が大きく混乱することが予想される。
4.3. そんな施策で人々の見解が変わるのか?
FTPLは人々がなぜリカード型財政政策もしくは非リカード財政政策がとられていると信じるのかを説明してくれない。実のところ、シムズ式脱デフレ策で何かが起きるとは言えない。

5. 税制改革の障害にならないか?

FTPLを使っても、基礎的財政収支を改善していかないと、財政破綻してしまう事は十分に言える*10。シムズも将来の段階的消費税率引き上げの必要性は認めており、税制改革と言う名の増税の必要性は広く認識されている。インフレになれば増税の機運が高まると言う話もあるが、バブル以来の好景気である今よりも増税に向いている可能性はそう高くないように思える。増税に水を差すなと激怒ぷんぷんな人もいるぐらいだ*11。FTPLは段々とインフレ率が上昇するとは主張していない。特にリカード型財政政策だと信じられていたのが、非リカード型だと人々が気づくような変化がある場合、劇的な物価変化があっても不思議は無いことになる。実際にそんな事があるとも思えないが、インフレになってから増税するのは良くないかも知れない。また、消費税率引き上げを遅らせると、遅らせた分だけ増税する前に資産を使い果たして往生する高齢者が出るわけで、世代間の公平性の観点からもマイナスだ。

6. 誤解が多いまま他と整合的な政策にできるか?

「FTPL理論」とTheoryと理論がかぶっている説明は御愛嬌としても、FTPLとシムズ式脱デフレ策を同一視していたり、緩和的金融政策・拡張的財政政策に思えるから他の景気対策なども肯定されていると勘違いをはじめている人々が相当いる。FTPLはむしろシムズ以外の貢献が大きい理論であり、さらにFTPLからシムズ式脱デフレ策を結論するには、様々な前提が必要になる。FTPLの信奉者のコクラン氏は緩やかなデフレの方が望ましいと言っているぐらいだ*13。また、FTPLはしっかりした枠組みの議論で、緩和的金融政策か否か拡張的財政政策か否かのようなイデオロギー色の強い結論は導かない。しかし、人々の信念を変えるのが目的で、これ以上の財政悪化を目指すものではないとシムズが説明しているのに、「財政ファイナンスやヘリコプターマネー論と基本的に同一」などと説明しているものを見かける。誤解を解消しなくても政策は打てると思うかも知れないが、誤解が多い状態で適当に実施を目指すと他の経済政策との整合性が疎かにされそうだ。

7. まとめ

インフレ目標達成までの消費税増税延期はクルッグマンも示唆していたし、それ自体はそう良い意味で奇抜ではない。どんどんインフレ率が低下していくような状況であれば景気も悪化しているであろうし、前向きな議論に値するであろう。しかし、今の日本で採用すべきと言える人は、デフレの害悪の主観的な評価が大きい人になるであろう。経験的にデフレのときはインフレのときよりも、経済成長率が半分で、失業者が倍増すると言えれば迷う事はないのだが、そういう計量分析は存在しない。そういうわけで2012年3月21日にシムズ式脱デフレ策と同様のものを主張しているのにも関わらず、今現在は支持する気になれない。消費税率20%、30%への引き上げをインフレ率連動にしようと言うのであれば、また話は別ではあるが。

*1衆議院インターネット審議中継:財務金融委員会 2017年2月15日 (水)の 古川元久(民進党・無所属クラブ)の持ち時間で、1時間26分過ぎを参照。

*22013年のESRI国際コンファレンスのワークショップで、スティグリッツは「非常に重要なことだが、国内外の人々が考えるよりも日本の実績は良好である」と言っている。クルッグマンは財政政策の効果によって、日本は悪く無いと言っている(Rethinking Japan - Paul Krugman's Blog)。

*3関連記事:高齢化の影響を除外すれば、日本も成長している

*4確かに、デフレが「悪」であるか、理論的に説明するのは難しいが、歴史的にデフレが経済の低成長や効率低下を招きやすい傾向があることは知られている

*5関連記事:世界はデフレでも成長している

*6Easterly and Fischer (2001) "Inflation and the Poor," Journal of Money, Credit and Banking, Vol. 33(2)

他にも、南米で『インフレの高進により、不動産や金融資産などのインフレ・ヘッジの手段を持つ層と持たない層の格差がさらに広がった』事が知られている。「インフレが起きると、資産を多く保有する高齢者世帯から、住宅ローンを抱える中流の若年世帯に所得が移転する」と言う米国の研究もあるのだが。

*7理屈については『物価の財政理論(FTPL)と財政再建』を参照。

*8国は「将来の増税なし」と宣言し、インフレ誘導を―物価水準の財政理論でシムズ氏らが講演』を参照。なお、このタイトルはミスリーディングである。他にも『日銀の金利操作「防衛ラインに柔軟性を」 翁氏』など批判がある。

*9河越・広瀬(2003)の3.2節を参照。

*10関連記事:FTPLでも財政破綻はする

*11連載コラム「税の交差点」第4回:財政再建に水を差すシムズ論

*12関連記事:シムズ式脱デフレ策はリフレ派のそれとは随分異なる

*13新フィッシャー主義とFTPL - himaginaryの日記

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