リフレ派の代表とされる岩田規久男氏が「よく、『何もかも日銀のせいにしている』と批判されるが、よく考えてみると、世の中で起きている問題の多くは、元をただせばやはり日銀のせいだと言える」と言っていたのを、覚えているであろうか。岩田氏が副総裁として加わった現在の日銀の執行部は、量的緩和とインフレ目標政策の組み合わせである所謂リフレーション政策によって、期待インフレ率を引き上げ、投資を拡大し、実際にインフレを引き起こす事ができると説明してきた。しかし、その結果はぱっとしない。
1. リフレ政策でインフレ目標値は未達成
経済全般としては決して悪く無いのだが、それがリフレーション政策による結果だとは言い難い。この点は論争になり勝ちだが、当初、2年で達成するとされていたインフレ率2%が未達成な事には疑いの余地は無いであろう。一方、量的緩和の対象となる国債が市場から干上がりつつあり、マイナス金利の拡大も金融市場の安定性の観点から疑問視されている。金融政策の手段は狭まりつつあるようだ。消費増税がリフレ政策の効果を打ち消したと言う弁解も見かけるが、これはリフレ政策の力の弱さを認める話でしかない。最近はリフレーション政策の推進者も、財政政策の重要性を訴えるように主張を少し変化させているように思える。ここ数ヶ月はFTPL(Fiscal Theory of Price Level)を持ち出して財政政策を正当化している。
2. FTPLとリフレ政策は親和的なのか?
FTPLはリフレ派が毛嫌いして来た主流派マクロ経済学の理論で、Sargent and Wallace(1981)か、それよりさらに前に遡れる古典的なものだ。十年以上前に理論的に色々と発展があって、それを紹介する邦書や日本語論文が書かれたこともあり、忘れ去られた古い理論でもない。学術的にしっかりとした理論なので注目が集まるのは悪い事ではないが、FTPLはリフレーション政策を肯定するものではないし、リフレーション政策が機能するように期待インフレ率を引き上げる方策を提示するものでも無いのだが、FTPLとリフレーション政策が親和的とリフレ派が言い出しているのが気になる。
3. FTPLでは人々の期待が鍵となる部分がある
FTPLはミクロ的基礎を置くまさに現在マクロ経済学の理論なのだが、議論の中核となる部分は比較的単純で、(累積債務)÷(物価)=(現在から未来の政府余剰の割引現在価値)と言う式がそれになる。政府余剰(=税収-歳出)の割引現在価値が同じであれば、累積債務の増加があれば物価が上昇しない限りはこの式が満たされない。満たされないからインフレになるはずだと煙に撒かれる議論が展開される。他にも、国債を増発するとインフレが起きるタイミングが後になったり(つまり現在のデフレが維持される)、利上げがインフレを誘発したりする非直観的なことがあれこれ起きる。だが、最大の問題は、政府余剰の割引現在価値が人々の主観に依存すると言う所であろう。
4. 人々の財政政策への理解がFTPLでは結論を変える
FTPLでは、財政赤字が物価水準を決定するように説明されるが、これには条件がある。実質金利は内生的もしくは一定だと仮定する*1。また、将来、税収増大や歳出削減によって財政を均衡させるリカード型財政政策が取られると信じられていたら、財政赤字が上式の左辺の累積債務が大きくする一方で、右辺の政府余剰の割引現在価値も大きくするので、財政赤字の拡大は物価上昇をもたらさない。財政赤字の拡大でインフレを引き起こすためには、政府は財政再建を行なわない非リカード型財政政策をとると信じられる必要がある。さて、日本経済はゼロ金利状態で財政赤字の拡大を続けてきたが、インフレ率は低い水準に留まっている。FTPLの枠組みで考えると、日本ではリカード型財政政策が取られると信じられていると言える。
5. FTPLで考えると日本では増税はインフレ率に対して中立的
消費増税がリフレ政策の効果を打ち消したと言うリフレ派の弁解を検証してみたい。FTPLでリカード型財政政策が取られているとき、財政赤字の拡大が物価水準を引き上げない一方、財政赤字の縮小が起きても物価水準は下がらない。つまり、過去の日本の経験をFTPLの枠組みで考えると、消費増税がリフレ政策の効果を打ち消したとは言えない。単に、リフレーション政策に効果が無かった事になる。もちろん、消費増税はリカード型財政政策をとることを示すシグナルになるので、財政政策によるインフレ率引き上げを考えている場合は、正しい政策とは言えないとは言える*2。しかし、理屈から考えると、FTPLでリフレーション政策を肯定するのは無理がある*3。
0 コメント:
コメントを投稿