2014年5月8日木曜日

選好の奴隷は自由意志を持つか? ─ 戸田山和久『哲学入門』のある感想

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意欲作と評判の高い科学哲学者の戸田山和久氏の『哲学入門』を拝読した。確かに意欲作で、かったるいが興味深い。科学と整合的な形で言葉の意味を定義して行きながら、気付くと大きな問いへの答えが提示されている。科学と整合的であろうとしているため、科学の進歩で議論が崩れる可能性はあるらしいが、議論の内容は魅力的だと思う。選好の奴隷は自由意志を持つか考えされられた。驚くべきことに、持つと言い張れるらしい。

1. 哲学者の思考様式が分かると言う意味での入門書

入門書は通例、その分野の概要を説明する事が多い。その観点で言うと本書は全く入門になっていないと思う。後書きによると代わりに「これこそいちばん愉快痛快でいちばん大切だと思っている哲学」を提示したそうで、実際にそのような内容になっている。唯物論者らしいが哲学者の思考様式が分かると言う意味での入門と言う事なのであろう。ドゥルーズは分からないとあるから、ある哲学者の思考様式に過ぎないかも知れないが。

2. かったるい部分も幾つかある

かったるい部分の説明から始めよう。居酒屋での馬鹿話のような文体で、小難しい単語を厳密に議論していく無理な話になっていて、説明なしにアニメ番組ヤッターマンの登場人物が出てくるし、エビスなどのビール名が常識として扱われているのはともかく、尾崎豊とブルーハーツはどうなんだと思うし、「心の理論」が公理や基礎方程式ではなく命題から出来ている理論(P.280)と言う違和感の残る説明もある。「自然化」の意味も良く分からなかった*1

3. ロボット的な人間であっても、自由意志を持つ

何とか序章と第1章の「意味」を乗り切ると、文体にも慣れてくる。第5章まで「機能」「情報」「表象」「目的」と一見すると関連の無い単語が議論されていくが、読んでいくと唯物論者が「人間」が何であるかを整理している事が分かると思う。私の個人的関心により、第5章の「自由」が本書のハイライトに思えた。決定論的に外部環境からの入力と内部メカニズムで行動が決定される唯物論的な人間は、自由意志を持つと言えるのであろうか?

唯物論的な人間は、知覚(記述的な表象)と行動(指令的な表象)を未来予測を行う目的手段推論エンジンでつないだ内部メカニズムを持つと規定される。言わば、ロボット的な人間だ。ロボットに自由意志があるとは考えづらい事から、自由意志など無いように思える。自由意志は幻想であったのであろうか。

自由を自己コントロールと定義してみよう。ここでの自己には、当然、内部メカニズムが含まれる。幾つもある選択肢の中から内部メカニズムが行動を選択するとき、行動が自己コントロールされていると言える。そして自由意志を自己コントロールする能力だと考えれば、ロボット的な人間であっても、自由意志を持つと言えるわけだ。

4. 選好の奴隷は自由意志を持つか?

後書きの最後に「あなたには哲学を役立てるだけの知恵と力と勇気があるのか?」と挑発されているので、この再定義された自由意志を経済学に応用してみたい。

経済学の理論では、経済人を想定して議論を進める。この経済人は把握される状況を前提に、自己の選好に従い行動を決定するロボット的な人間(ホモ・エコノミクス)だと公理として仮定されている。選好の奴隷とも言えるわけで、自由意志など無いように思える。しかし、経済学者には自由意志を尊重したい理由もある。

人々の選好が外部から観察できない以上、表明された意志の集計が社会状態の評価として最も議論の少ないツールとなるからだ。唯物論的な自由意志の定義を借りることで、選好の奴隷が自由意志を持つと言えるのであれば、規範的分析において自由意志を尊重している事に説得力を持たすことができるであろう。

こういう正当化はインターネットで自由意志など存在しないと主張する社会学者と言い争う一つの武器になる。あまり有益でもないし、知恵も力も勇気も必要ではないが、明確な一つの回答を得ることが出来た。

5. 現代的な問題を考える手助けにもなる

経済学に興味が無くても、攻殻機動隊のタチコマがゴーストを持つに至った理由の説明として楽しめるし、第7章の「道徳」はドローンが人間を爆殺する時代には道徳的なロボットを議論するときに役立ちそうだ。

ロボットの問題は製作者や使用者の責任に思えると思うが、自律型のロボットが製造メーカーや所有者がいなくなった後も動き続ける時代が来るかも知れない。帰結主義ならば(古典的な意味での)自由が無く(非難や賞賛の対象ではないから)責任も負わせられないそんな存在に、道徳を求めることができる。

結びの「人生の意味」の肩の力が入っていない議論は、意識が高すぎる人々がなぜ滑稽に見えるのかを説明する手助けになる。本書の議論は哲学者の水準で緻密なものでは無いようだが*2、言葉の意味を積み重ねることで何かに到達できる事は十分に示しているように思える。

*1正しい理解なのか自信は無いが、「意味」を何かと何かの因果関係を使って説明できることのように思えた。

*2『哲学入門』(1)」「『哲学入門』(2)

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