2013年6月22日土曜日

片瀬久美子のLNTモデルの説明の良く分からない部分

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疑似科学ニュースのエントリーについて書いていたら、サイエンス・ライターの片瀬久美子氏が「私の記事の方をちゃんと読んで欲しい」とコメントされていた*1ので、「放射線の健康影響をめぐる誤解 - その2.線形閾値なし( linear no-threshold: LNT )モデル」を拝読した。なるほど、疑似科学ニュースの批判はずれているようだ。しかし、片瀬氏の文章にも問題がある気がしなくも無い。

追記(2013/06/22 14:54):片瀬氏にTwitterで、「LNTモデル科学的知見を参考にして策定されたものだが、ALARAと組み合わせて使う実務的な道具であり、さらに今後の放射線影響の研究の進展によって改訂/訂正されうると見なしている。また、LNTモデルの対立仮説の支持も否定もしない」と立場を確認した。

1. 列挙している情報に整合性が無い

片瀬氏は第一段落で、全米科学アカデミーのBEIR VII委員会は、低い量の放射線被曝による癌のリスクを閾値無しに直線的に続くと結論したと主張している。しかし、第三段落以下で「同じ総量でも、低い線量をゆっくりと時間をかけて被曝した場合は、生物に与える影響が小さくなる」と、線量・線量率有効係数(DDREF)を紹介して、つまり非直線の部分もあると説明している。また、ホルミシス説と関係は無いとあるが、閾値との関係は言及されていない。

2. LNTモデルの信頼性に関する記述に整合性が無い

第七段落で「ごく低い線量の範囲では健康影響が不明瞭」「個々の人がガンで死亡する危険性を見積もるための目的で数字を出して使うのには適していません」と、LNTモデルの正確性を否定してしまっている。これは、第一段落にある米科学アカデミーのBEIR VII委員会が、低い量の放射線被曝による癌のリスクの大きさについては、LNTモデルだと思われると結論したと言う部分と整合性が無い*2

3. 主張したいことが分からない

片瀬氏の記事は3ページの連続したものである。その1の甲状腺の検査結果を主に説明したかったのかも知れないが、その2のLNTモデルに関しては主張したいことが分からない。最後の三段落にある、放射線防護としてLNTモデルとALARAを組み合わせましょうと言う話は分かるが、前段部分のLNTモデルの説明の狙いが良く分からない。基本的に嘘は書いていないわけだが、何の誤解を解きたいのであろうか?

4. 片瀬氏の文章には、情報をつなぐ説明が乏しい

良くある誤解を示した上で、それを訂正する構成なら分かりやすかったのだが、そういう文章ではないので、文脈が欲しい。ICRPの防護基準ではLNTモデルとALARAを組み合わせると言いたかったのであれば、混乱を招く記述が多すぎる。

片瀬氏が並べる情報は正しいのかも知れないが、並べられた情報と情報をつなぐ説明が乏しいように感じる。LNTモデルは科学的に正しいと言えるのかが分からないし、LNTモデルとALARAを組み合わせる事が放射線防護基準として妥当な理由も分からないからだ。

少し厳しい言い方になるが、これでは誰に向けて書いた文章かが分からない。これでは言葉の端で誤解する人が出てきても、やむを得ないのでは無いであろうか。

追記(2013/06/22 05:11):疑似科学ニュースから苦情を受けたので補足したい。

ということで、俺の片瀬久美子批判が的外れというなら、ぜひとも「ここがこうだ」という点を聞かせてほしい。

疑似科学ニュースにおける片瀬氏への批判は、ICRPモデルは個人の危険性を見積もるのに適さないと言う部分が、LNTモデルを否定しているように見えると言うものだが、

  1. 片瀬氏は、LNTモデルを明示的に批判していない。冒頭で米科学アカデミーのBEIR VII委員会の結論を紹介しており、末尾でLNTモデルとALARAを利用する事が当然のように記述している。
  2. 「個々の人がガンで死亡する危険性を見積もるための目的で数字を出して使うのには適していません」は、ICRPの記述と不整合とも言い切れない。死亡者数=死亡率×人数になるわけで、死亡者数の推定に使ってはいけないと言う事は、必然的に死亡率の推定にも使えなくなる。

ゆえに、文全体からはLNTモデルへの疑いがあるようには取れないから、片瀬氏の意図した主張とは、疑似科学ニュースの批判はずれているように思える。もちろん、明確では無い片瀬氏の文意を汲み取っていいのかと言う問題はある。

追記(2013/06/22 15:14):追記が来たので、追記したい。

1ミリシーベルトを浴びる1万人と、100ミリシーベルトを浴びる100人を比較する。集団実効放射線量は、どちらも10人・シーベルト。でも深刻なのはたぶん100ミリシーベルト浴びてる100人の方だよね。1ミリシーベルトなら自然放射線量とほとんどかわらないのだから。でも集団実効放射線量は同じ。死亡数も計算上は同じになる。

「計算上は同じ」とあるので理解されていると思うが、LNT仮説が正しいとすると計算は不適切にはならない。例えば1人が10Svを浴びて100%死ぬのも、10人が1Svを浴びてそれぞれ10%の確率で死ぬのも期待値は同じだからだ。分散は0と0.9と言う違いができるが、期待値計算が不適切になるわけではない。

文章の書き方の問題ではなく、LNTモデルや集団線量に関する片瀬久美子の理解の問題だと俺は思っている。

片瀬氏にTwitterで、「LNTモデル科学的知見を参考にして策定されたものだが、ALARAと組み合わせて使う実務的な道具であり、さらに今後の放射線影響の研究の進展によって改訂/訂正されうると見なしている。また、LNTモデルの対立仮説の支持も否定もしない」と立場を確認した。基本的には文章の問題では無いであろうか。

追記(2013/06/22 16:44):リプライが来たので、返信。

またLNT説の対立仮説の支持も否定もしないということは、LNT説の支持も否定もしないということになると思うのだけど。なのにLNT説にもとづいて(ALARAもだが)、判断しろというのは、おかしいじゃん?

二枚舌でダブルスタンダードに思えるかも知れないが、科学的に疑問があっても、運用上は現実的な事もある。科学はコドモの世界で、防護はオトナの世界と言えるかも知れない。

追記(2013/06/22 22:10):どちらが何色のヤギかをそろそろ考えながらリプライ。

今度はあなたの話になるけど、それなら防護としてLNT説にもとづいて様々な判断をしても問題ないわけだよね?

その通り。

なんかあなたはLNT説は防護のためだから、閾値説にもとづいて判断すべきと言ってるようだけど(あなたが閾値説を科学と考えてるのか防護と考えてるのかはしらないけど)。

防護基準以外に適用するのは問題があると言うだけ。なお、LNT仮説を否定しているものの、閾値説を肯定しているわけでもない。非線形の閾値無しもありえる。

大人の世界に徹するなら、わりきってすべてLNT説にもとづいて判断すべき、で話は終わりではないの?

健康被害などについてLNT仮説を否定する主張も、あり得るということ。

「片瀬久美子はLNTモデルは科学的には必ずしも正しいとは思ってない」という理解でいいのだろうか。「仮想モデル」というのが片瀬久美子の中で科学に分類されるのか、非科学に分類されるのかが分かれ目なのだが、よくわからない。

科学的には厳密に正しいとは言えないが、少なくとも実用上は有益と言う認識だと思われる。

科学的にはLNT説が低線量域において必ずしも正しいとは言えない、というなら、それは閾値説の主張と何が違うのだろう?

今後の進展で、LNT仮説が残る可能性も、閾値説が残る可能性も否定していない。つまり、片瀬氏は厳密にはどちらも支持していない。慎重な立場。

それともLNT説は科学の土俵で論じるべきものではないというのだろうか。

片瀬氏は放射線防護基準としてのLNTモデルとALARAを説明しているし、肯定している。科学的な是非は言及していない。

uncorrelatedの主張はこれに近いんだよね。片瀬久美子が同じ考えなら、uncorrelatedみたいにはっきりそう書いた方がわかりやすい。

LNTモデルとALARAが全く無根拠だと誤解されると、放射線防護が疎かになる可能性があるので、発言に注意しているのだと思われる。

四択は(1)~(3)に当てはまる部分があるのだと思う。厳密には科学的ではないが、非科学的とも断定できない。防護基準なので、非科学的な側面は残っても問題ない。「えいやっと直線を引いた」と言ったので、(4)だけは違うかと。

最後に、Twitterの会話の続きを紹介しておきたい。

追記(2013/06/23 00:43):追記と言うか、文通と言うか。

まあそれはそれとして、あなたがLNT説をこうまで否定するのはなぜなのだろうか。

低線量被曝の健康被害に関して、交絡因子などを適切にコントロールした研究で、統計的な有意性が無いのが最大の問題。

そういう状況で、現段階でそこまで誤差の量にこだわるというのはなぜ?

疑似科学を統計的有意性が無い事を理由に否定している人間が、低線量被曝の健康被害だけ肯定するのもおかしいかと。

LNT説は誤差があるから使うなというのは、誰にどんなメリットがあるのだろうか。

信頼性の極端に低い予測はしない方がいいであろう。

そうなるとLNT説の有益性の根拠が不明なのだけどね。LNT説の優位性を科学には求めないというのなら、なぜLNT説が有益だと考えるのか。

計算が楽なので実用的。さらにリスクを過剰に強調しているであろうから、行政側からすると、将来、予想外に健康を害して責任を問われる可能性が低い。

*18時間ぐらい経ってから気付いたのだが、私のエントリーの文章に混乱があったので、批判対象が片瀬氏のように感じられたらしい。

*2BEIR VII委員会とICRPは別組織なので、ICRPの見解が異なるのはおかしい事ではないのだが、すると冒頭でBEIR VII委員会の結論を説明した理由が不明になる。

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