キャンセルカルチャーが話題になっていたので、1年1ヶ月ほど前の類例を振り返りたい。
一般社団法人ひょうご部落解放・人権研究所が、「2023年度ひょうご人権総合講座ジェンダー①(総論)」を中止した理由として、講師に予定していたジェンダー社会学者の牟田和恵氏が、差別を助長する人権侵害行為を行ったため、講師にはふさわしくないと判断したと表明した*1件だ。
キャンセルされた牟田氏が説明を求めていた件ではあるが、人権侵害行為という重い表現で牟田氏を公開で非難したのは驚きだ。
同研究所が指摘する牟田和恵氏の人権侵害行為は、「トランス問題と女性の安全は無関係か---「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明」についてフェミニストからの疑問と批判」と言うエッセイで、
- トランスジェンダーへの配慮でオールジェンダートイレを増やすと、女性の安全性が低下する
- 𝕏/Twitterで性別適合手術を受けていないトランス女性が女風呂に入ったと自慢し、それを他のトランス女性に勧めている
- 性別適合手術を受けていないトランス女性は女風呂に入れてはいけないという厚労省の通達前は、LGBT理解増進法で性別適合手術を受けていないトランス女性が女風呂に入る危惧があった
- LGBT理解増進法にある「すべての国民が安心して」と言う文言は、シス女性の利益に配慮したものであって、ヘイトではない
と主張した事である。
(4)に関しては、トランス女性への憎悪を煽るわけではないので、マジョリティに配慮した文言を入れることがヘイト(スピーチ)だという同研究所の指摘は理解できない。
(1)から(3)は裏づけが弱い。(2)は、トランス女性への憎悪を煽るためのトランス女性を偽装したデマ、つまりヘイトスピーチに引っかかっている可能性もある*2。しかし、根拠が弱い主張を行ったというだけで社会的制裁を加えるのは、言論の自由の目的に照らして弊害が大きい。
懸念や真偽が怪しい情報を述べることも、議論を通して真実を明らかにし、その正当性を確認するためには必要な行為になる。杞憂は杞憂、誤解は誤解だと示される機会が無ければならない。議論を左右しない例外的な事例かも同様だ*3。
トランス女性への配慮がシス女性の不利益になる可能性を指摘することは、人権侵害になるのであろうか。問題とされるトランス女性への配慮が、トランス女性の人権に基づくものかは明確ではない。また、指摘自体がトランス女性の権利を侵害しているとは言えない。仮にデマが含まれていて、それが拡散されれば人権侵害を煽る結果をもたらしうるが、物事の誤認や誤解自体は(侮辱や名誉毀損にあたるものでなければ)人権侵害にはできない。
牟田和恵氏の言説を人権侵害行為とするのは無理がある。2023年9月21日に研究所から牟田氏に説明したキャンセル理由も、
①研究所と関わりの深い方々が牟田さんの主張を批判しており、牟田さんに講義をしてもらうことで、研究所が牟田さんの主張に同調していると解釈される恐れがあり、今後の研究所運営に支障を来す懸念があること。
②「ひょうご人権総合講座」は議論の場ではなく研修・啓発の場であるという性格上、大きく違うスタンスの講師の講義を同じ講座内で提供することは適切ではない。
の2点で、キャンセルカルチャーに同調するものであり、同研究所が人権侵害行為にあたると積極的に判断を下してはいない。また、10月10日に「石元所長より細田事務局長に…「牟田さんとは考え方が異なるが、7月6日付の牟田さんの文書は差別ではない」」と意思表明があったことが記されている。
*1一般社団法人ひょうご部落解放・人権研究所「2023年度ひょうご人権総合講座「ジェンダー①(総論)」中止に関する経緯と見解」
*2自分の身体的に違和を感じているトランス女性は、自分の身体を他者に見せたがらないという指摘をぽつぽつ見かける一方、少なくとも女湯に入ったこと自体に関しては、様々なことに詳しい体験談を述べているアカウントや、𝕏/Twitterでもかなり古参のトランス女性(少年ブレンダ氏)が知人の話としてツイートしているので、デマだと見做すべき特段の根拠はなかった。
*3これまでもパス度を競って不法に女湯に侵入しだすオペ前トランス女性が少数でもいたのであれば、通達前の適法になると信じられる状態おいて、その数が増えると予測してもおかしくはない。
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