昨年の9月に開始された牛角の女性半額キャンペーンがSNSで強い非難を浴びていたことはまだ記憶に新しいが*1、牛角への非難を踏襲した議論をYuto Kunitake氏が論文にまとめてCorporate Communications誌に投稿し、掲載されることになった*2。しかし、著者が採択された原稿を公開していたので拝読したのだが、細かい表現がよろしくない。
実証的には女性半額キャンペーンの開始とともに、𝕏/Twitterでの牛角への否定的な言及が爆発的に増えたと言うものだ。日本のネット民が知っていることが書かれている。ここから、牛角の長期的利益を損なうかも知れないと書いてあるが、長期的利益に関する実証的な議論はないし、少なくとも本文中で長期的利益を損なうことを主張している実証論文に言及はない。
細かい議論にも粗が多く、2010年のHollander v. Copacabana Nightclubで、Ladies’Nightsが違法とは認められなかった話や、男女別料金が違法とされない州も多いことに言及が無いし、食べ放題(all-you-can-eat)における男女別料金(gender-based pricing)がジェンダーステレオタイプを強化することを前提に議論している。え、強化するの?
Furthermore, as Kawai (2024) points out, women's exclusive discounts may reinforce gender stereotypes against women. Providing special consideration exclusively to women is generally known as "benevolent sexism" (Sattari et al., 2022). Benevolent sexism has been shown by multiple studies to impair women's abilities, ambitions, and independence, and is one of the initiatives that negatively affect gender equality (Oswald et al., 2019; Cross and Overall, 2018; Barreto and Ellemers, 2005). Initiatives that reinforce gender stereotypes may invite further criticism from consumers and worsen the situation. According to Åkestam et al. (2021), consumers consider the impact on others when evaluating advertisements, and such expressions may be unfavorably evaluated regardless of the consumers'own gender or sexual orientation. (拙訳:さらに、Kawai(2024)が指摘するように、女性限定の割引は女性に対するジェンダー・ステレオタイプを強化する可能性がある。女性だけに特別な配慮を提供することは、一般的に「慈悲的性差別主義」(Sattari et al., 2022)として知られている。慈悲的性差別主義は、複数の研究により、女性の能力、野心、自立心を損なうことが示されており、ジェンダー平等に悪影響を与える取り組みの一つである(Oswald et al., 2019; Cross and Overall, 2018; Barreto and Ellemers, 2005)。ジェンダー・ステレオタイプを強化する取り組みは、消費者からのさらなる批判を招き、事態を悪化させる可能性がある。Åkestam et al. (2021)によると、消費者は広告を評価する際に他者への影響を考慮し、そのような表現は消費者の性別や性的指向にかかわらず不利に評価されるかも知れない。)
In Japan, as in the case of Maenosono (2023), there are instances where parts of the anime, game, and content industries are criticized from the perspective of reinforcing gender stereotypes in their expression content. However, consumers are calm about fictional expressions. These industries have built markets and succeeded in business despite criticisms of reinforcing gender stereotypes, as the target audiences are clearly defined for each content (Leão, 2019; Kinoshita and Taya, 2023). For example, even if female-oriented content is criticized for reinforcing gender stereotypes against men by male critics, it is unlikely that sales will decline. On the other hand, for dining chains like Gyu-Kaku, which do not limit their target to a specific gender, conducting promotions using gender-based pricing that leads to reinforcing gender stereotypes for the sake of short-term collaborations with specific events may involve risks outweighing profits. (拙訳:日本では、Maenosono (2023)の場合のように、アニメ、ゲーム、コンテンツ業界の一部が、表現内容においてジェンダー・ステレオタイプを強化するという観点から批判される事例がある。しかし、消費者は架空の表現に対しては寛容である。これらの業界は、各コンテンツが目標とする視聴者が明確に定義されているため(Leão, 2019; Kinoshita and Taya, 2023)、ジェンダー・ステレオタイプを強化するという批判にもかかわらず、市場を構築し、ビジネスで成功を収めてきた。例えば、女性向けコンテンツが男性批評家から男性に対するジェンダー・ステレオタイプを強化していると批判されたとしても、売上が減少することは考えにくい。一方、牛角のような特定の性別をターゲットに限定しない外食チェーンの場合、特定のイベントとの短期的なコラボレーションのために、ジェンダー・ステレオタイプの強化につながるジェンダー別の価格設定を用いたプロモーションを実施することは、利益よりもリスクが上回るかも知れない。)
ここだけ読むと著者が牛角のキャンペーンをジェンダー・ステレオタイプを強化する試みだと見なしているか微妙だが、findingにIt was suggested that gender-based pricing, while pursuing short-term profits, may significantly harm a company's brand image and long-term profits by ignoring consumer diversity and fairness(拙訳:性別の違いによって価格を変えることは、短期的な利益を求める一方で、消費者の多様性や公正性を無視することで、企業のブランドイメージや長期的な利益を大きく損なう可能性が示唆された)とあるので、牛角の事件が引用部分で説明される公正性を無視していないと論文全体がおかしくなる。
さて、牛角によると「食べ放題での注文量が、女性は男性に比べて肉4皿分少ないといったデータ」があるそうで、ジェンダーステレオタイプがあるとすれば、女性は男性よりも焼肉食べ放題を好まないと言ったもののはずだ。女性への割引は女性の需要を増やすことになるわけで、女性が焼肉食べ放題を好まないというジェンダーステレオタイプ(がもしあれば、そ)の解消に働くはずだ。
なお、教科書的な経済学を持ち出すと、牛角の女性半額キャンペーンは歓迎すべき施策だ。男女で焼肉食べ放題に対する限界効用が異なる状況での男女別料金の実施は価格差別の問題になり、女性に対する価格の引き下げであるから、男性の消費者余剰は一定、女性の消費者余剰は増加、牛角の消費者余剰は増加することになる。また、価格差別による企業利益の追求なので、慈悲的性差別主義には当たらない。さらに、学生割引などが学生の能力、野心、自立心を損なうとも聞かない。ジェンダー・ステレオタイプから慈悲的性差別主義が生まれると言う話のはずだが、逆の作用を当然としてよいのか。そもそもこの部分の議論の大きな根拠となるKawai (2024)は日経ビジネスの記事なのだが、社会学者の河合薫氏がジェンダーステレオタイプを強化すると感じたという以上の根拠はあるのであろうか?
牛角の女性半額キャンペーンに起きたネットでの強い非難は、人々が損得は関係なくても不公平に扱われることに神経質であることを示している。食べる量が違うのに同じ料金であることの方が、公平性を欠くという観点は乏しい。こちらの方を考察したほうが、面白い話になるかも知れない。
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