武蔵大学の北村紗衣氏の映画「ダーティハリー」評に「健康な女性が、あの距離で後ろから肩を撃たれて即死することにも疑問」とあるのだが、狙撃位置と目標までの距離と銃の射程を確認したら、現実的に可能な範囲であったので記しておきたい。主人公のキャラハン刑事が地味に超人であったりと、映画なのでリアルではない部分もあるわけだが、冒頭の狙撃に関してはリアルである。
狙撃位置と目標までの距離から見ていこう。映像ではかなりの長距離射撃に思えるかも知れないが、都市型生活者の距離感覚はあてにならない。実際、地図で確認したら、水平には500mも距離が無かった。プールは高さ111mのthe Holiday Inn Select Downtown & Spa, 750 Kearny Street, San Francsico, CA 94108で、狙撃位置は隣のブロックの52階建て高さ237mの高層ビルthe Bank Of America Centerだ*1。Google Mapで確認したら道なりでも0.3マイルしかない。やや長めに水平距離を500m、高低差は126mと見積もって、直線で516m。また、上から狙う狙撃位置になる。
犯人スコルピオの銃は二式テラ銃だ。日本軍の銃なのだが、分解して持ち運べる特色がある。総生産数は19,000挺と多くは無いが、敗戦後も鹵獲されたものが東南アジアで使われていたそうだ。フィリピンあたりから銃マニアの多いアメリカに流入していてもおかしくはない*2。この銃の有効射程は分からないが、同じ弾薬である九九式普通実包を用いる九九式短小銃は射程1,500mとされている。実戦での狙撃距離1,500mは記録に残るような数値だが*3、516mは驚愕するような距離ではない。なお、現在主流の小銃のM16の有効射程500mより長いが、M16が使う5.56x45mm NATO弾よりも九九式普通実包の方が重く火薬の量が倍以上多い。
ところで銃器が身近にある社会のアメリカの映画製作者は、銃に関して意図しないファンタジーは入れない蓋然性が高い。徴兵制でなくなっているので銃器の正しい知識が無い人も増えているとは思うが、ガンアクションを撮っている人は興味関心があるであろうし、専門化もしている。重さなどから銃弾の携帯数が限られることや、壁などに当たって弾が跳ねる兆弾による死傷の可能性を無視しているのは、リアルではないことを分かった上での演出だ。突っ込んではいけないわけではないが、実はリアルな描写だったり、あえてやっている演出だったりすることは認識しておこう。
追記(2024/09/24 05:28):照準を着脱したのだから、あんな精度で当てられないのではないかと言う指摘があった。冒頭シーンではないが、犯人スコルピオは光学照準を着脱しており、同様の持ち運びであれば精確な射撃は不可能になっている。ただし、ボルトアクションの銃なのでボアサイティングは可能。何発か撃つ気であったが、運よく一発で当たったと解釈しよう。被害者の頭をぶち抜いてはいないので、調整が完璧といった描写ではない。ところで、九九式普通実包は現在主流の軍用ライフルよりも威力があるわけで、被害者の胸に大きな穴が開いてないのは非現実的かも知れない。
*1Dirty Harry - Death From Above — Reel SF
*2米軍が鹵獲品を売却したような話もあるが真偽不明。銃器マニアがYoutubeにこの銃を発砲している動画をアップロードしているので、米国で流通しているのは確かだ。なお、弾は九九式普通実包のクローン品が製造されている。
*31500mを超えるような射撃距離の記録は、小銃ではなく対物ライフルが用いられている。
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