2024年3月14日木曜日

フェミニズムがトランス権利活動家に侵食されたのは、ジェンダークリティカルな学者がさぼっていたから

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2024年3月8日の国際女性デーで、国連女性機関(UN Women)がイギリスのアンバサダーにトランスジェンダー女性を任命したり、生物学的男性のタレントのIKKO氏がHAPPY WOMAN賞を受賞したりと、生物学的女性の露出と権利主張が減り、トランスとシス(非トランス)の境界を重視するジェンダークリティカルな学者の怒りを買っている

伝統的なフェミニストはトランスジェンダー女性を女性と認めてはいなかったのだが、1990年代ぐらいからトランスジェンダーを包摂しだし、近年はトランスジェンダー権利活動家(TRA)もしくはトランスジェンダー支援者(Ally)が、トランスジェンダー女性とシス女性の境界を重視するジェンダークリティカルなフェミニストをTERFと呼んで非難し、大学教員の座などから引きずり落とそうとするキャンセルカルチャーが社会問題になっている。社会運動としては今や主役だ。

こうなった理由は大きく3つある。

1. 当初の目標が達成された
フェミニズムは女性が何かの抑圧にさらされていると認識し、その抑圧から女性を解放するために社会運動を行ってきたが、政治や雇用における差別、中絶禁止などの、女性への目だった抑圧はだいぶ解消された。近年は性暴力の厳罰化、家庭内暴力への介入なども行われている。性役割を同じにして所得格差を解消するような極端なジェンダー平等などは、女性の多くからは支持されていない*1
2. トランスジェンダーへの差別がひどい
トランス女性のディラン・マルベイニー氏を起用したバドライトが、脅迫めいたものを含めて猛烈な非難を浴び、不買運動を起こされ、実際に売上が激減した事件がある。世界的にはトランス蔑視、トランス差別がひどく、社会運動のための社会的抑圧が想定しやすい。日本でもSNSでトランス蔑視発言を隠さない人々が散見される。石を投げたり、悪く言ったりする必要は何も無いのだが。
3. ジェンダークリティカルな学者がサボっていた
身体的には男性のトランスジェンダー女性と、そうではないシス女性の身体的な差異は明らかなのだが、身体的に異なる両者を社会で同様に扱うことの弊害をしっかり説明してこなかったため、「トランスジェンダー女性は女性なのだから、女性として取り扱わないと差別」と言うような詭弁*2の蔓延を許してしまい、フェミニズムをシス女性のための運動に限定できなかった。

(1)と(2)に関してはどうしようもないが、(3)に関してはジェンダークリティカルな学者が悪い。キャンセルされてしまった哲学者のキャスリーン・ストック氏の議論はある*3が、例外的だ。最近、トランス権利活動家から非難されているジェンダー社会学者は、2020年頃までトランスジェンダーへの言及を積極的に行ってきたわけではないし、その議論におけるトランスジェンダーの認識は適切とは言えず*4、これまで真剣に考えきたのかは疑わしい。

研究テーマとの兼ね合いもあるとは言え、トランスジェンダーの包摂は第3波フェミニズムの特徴でもあるので、注意を払ってこなかったのはやはり自業自得。今からでもしっかり批判を繰り広げて欲しい。TRA/Allyの議論は感覚的で煙に巻くようなものが多いし、「特定の討議や対話を拒絶することこそが…生き延びる鍵」と言ってキャンセルカルチャーを正当化する人々*5が相手の闘争になる上に、暴力的、蔑視的なトランス差別者の仲間にされないように注意を払う必要があるので、なかなか大変だと思うが。

*1Opinion | While Roe May Be Overturned, Feminists Fight Among Themselves - The New York Times

なお、ジェンダー社会学者は男女格差の大部分は不当な差別に起因すると主張しがち(関連記事:男女の”平均”賃金格差は是正すべきなのか? ─ 社会学者・小宮友根の愚問)だが、2023年のノーベル賞受賞経済学者のクラウディア・ゴールディン氏の研究によると、男女の外部労働への従事の仕方の違いに起因している(『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』を参照)。

*2関連記事:「トランスジェンダー女性は女性なのだから、女性として取り扱わないと差別」にどう反論すべきか

*3Kathleen Stock (2018) "Changing the concept of “woman” will cause unintended harms, " The Economistsゲリラ邦訳

*4関連記事:ジェンダー社会学者にもトランスジェンダー女性とは何か理解してもらいたい

*5関連記事:サラ・アーメッドの主張における「特定の討議や対話を拒絶」の意味

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