ネット論客の青識亜論氏が、氏の誤った脳科学の知識のツイート*1についたネット界隈のフェミニスト(以下、ツイフェミ)のリプライから、ツイフェミは快楽功利主義に近い価値観があると主張しているのだが、二重、三重に捩れた議論になっている。我田引水の藁人形論法のように見え、対話を求める姿勢とは言えない。
1. 思いやりの原理を働かせる
青識亜論氏は快楽物質の量で人間の幸福を測ることをベンサム流の功利主義としており、ツイフェミがそれに沿ったリプライをしていると主張している。しかし、性行為で脳に分泌される快楽物質の量はチーズバーガー2個分であると言う青識亜論氏のツイートの内容を前提にしたリプライなので、ツイフェミの皆様は分泌される快楽物質の量で幸福を測ることを便宜的に受容しているだけで、快楽物質の量で幸福を測るべしと考えているとは限らない。むしろ、過去の非モテの男性の苦しみに関するツイフェミの主張、フェミニズムの伝統的な議論を参照すると、性の自己決定権を問題にしていると考える方が自然だ。
ツイフェミの皆様は、非モテの男性の苦しみについては関心が無い。フェミニズムは女性の権利拡大・地位向上運動なので、不自然なことではない。むしろ、非モテの男性の苦しみと言うトピックに言及する理由が無い。しかし、一部のネット論客は、非モテ男性にも女性と恋愛する機会を与えるべき、もしくは、そういう機会を与える事の是非を検討すべきと主張している。下衆な言い方をすれば、非モテ男性に女をあてがえ論。これは、女性の性の自己決定権を侵害する可能性が大きい*2。今回の青識亜論氏の主張は、非モテにとって性欲の充足自体は大した問題ではなく、恋愛や結婚によって生じる社会的承認が非モテの苦しみを高めていると言うものであった*3が、大体、否定的なリプライは短絡的なものである。
実際、罵詈雑言に近いリプライが多いわけだが、非モテ男性の苦しみ問題に関するツイフェミの皆様が示唆する解決方法は、(1)非モテの男性がもてるように努力するか、(2)非モテの男性は恋愛を諦める(そして、他の快楽を求める)。炎上した某ジェンダー社会学者の男同士でバーベキューでもしていろツイートも、(2)に分類されるし、今回の性愛を諦めてチーズバーガー2個を食べておけと言うのも、(2)に分類される。文面が無駄に攻撃的で洗練されていないわけだが、女性の性の自己決定権を侵害しない解決策で、すぐに個人で実践できるものはこの2つしかない。女性は選好を変えて非モテ男性を好きになれと言う主張よりは、非モテ男性は欲求を他のことで補償する代償行動の方が現実的だし、教科書的な心理学にも沿っている。
2. 心理学で言う代償行動は功利主義なのか?
充足できない欲求を他のことで補償すると言う部分が、快楽功利主義になっていると青識亜論氏は考えているわけだが、その前提から導かれるかも知れない話でしかなく、それだけで快楽功利主義と言うのは強引過ぎる。快楽功利主義は社会状態の善し悪しを、人々が得る快楽と苦痛を評価した値の合計値で比較するものだが、非モテ男性に女性をあてがう事に関して、非モテ男性と女性の快楽と苦痛の量を合算して評価しているツイフェミの議論は無さそうだ。ツイフェミが古典的功利主義という青識亜論氏の主張は、藁人形論法。
以前から青識亜論氏は紋切り型の見方で功利主義を批判する傾向があったが、ツイフェミと同時に功利主義を批判するために、無理に功利主義を持ち出してはいないであろうか。一般的にはフェミニズムを含むソーシャル・リベラリズムの倫理はロールズ主義と言われており、フェミニズムと同時に批判するのであればロールズ主義を持ち出す方が無難だ。なお、ロールズ主義は、サンデル教授が著作で批判を加えているので請け売りするのは難しくない*4。サンデル本を読んだ後、女性の尊厳を重視するツイフェミの皆様の言説を考えると、むしろ徳倫理に沿っている気がしなくもないが。
そもそも快楽功利主義について誤解がありそうだ。ベンサムの功利主義の成立は20世紀の脳科学の進展前、1789年頃で、「人間の生の問題は「快楽物質」のみ」なんてことは言っておらず、また、ベンサムは性欲を含む感覚的快楽(The pleasures of sense)とは別に、良い評判や名声による快楽(The pleasures of a good name)を考えていた。青識亜論氏は、快楽功利主義では恋愛や結婚を通じた社会的承認を評価していないと考えているような議論を展開している*5のだが、藁人形論法になる。なお、脳科学が進展すれば、人間の幸福感の多寡を受容体と結合したドーパミンやセロトニンやオキシトシンなどの神経伝達物質の多寡の組み合わせで理解する事ができるかも知れないが、功利主義で合算のために必要とする一次元の数値に線形結合でなるかは分からない事に注意しよう。
3. 女性の性の自己決定権の侵害と取られないような議論を
青識亜論氏は、脳科学の知見が捩れているし、功利主義への理解がおかしいし、そもそもツイフェミの皆様の主張を把握しそこなっている。何はともあれツイフェミが言いたいのは「性の自己決定権から、女をあてがうような主張は許しません。」と言うだけのこと。性の自己決定権の正当化はロールズ主義でも功利主義でもできるはずだが、自然な権利と見てもよいで権利論に沿った議論になる。すると、「権利論の部分で一切妥協の余地がないのは当然」とする青識亜論氏も同意せざるをえない話なわけで、青識亜論氏のツイフェミ批判は核心部分で頓珍漢なことになっている。他のネット論客の皆様は分からないが、青識亜論氏は自然権を尊重する立場のはずだ。ツイフェミの皆様からの非難を減らすためにも、女性の性の自己決定権の侵害と取られないような議論を組み立てよう。あえて煽っているのかも知れないが。
*1チーズバーガー2個はセックス1回分の快楽物質を放出するのか?~脳科学的見地から~ - 手嶋海嶺のゆっくり生活(ネット議論・日常生活)
*2非モテの原因が所得格差であれば、格差是正措置で解消できるかも知れない。
*4関連記事:リベラリズムの倫理を批判し共同体主義を説く本『これからの「正義」の話をしよう』
*5「「セックスの快楽物質の量」は「性愛」という人間関係や営みのごく一部でしかない、そこには他者からの承認や、相互理解やコミュニケーションから生まれる様々な喜びがある…フェミニストの方々は快楽こそが全てだと考える功利主義者の方が多い」としている。なお、快楽と喜びを分けて考えている気がするのだが、英語だとpleasureで同じだ(なお、苦痛はpainで別の単語だが、快楽の逆と定義されている)。
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