2021年3月28日日曜日

リベラリズムの倫理を批判し共同体主義を説く本『これからの「正義」の話をしよう』

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先日、ネット論客の青識亜論氏が『これからの「正義」の話をしよう』に言及していた。NHKのテレビ番組「ハーバード白熱教室」で日本での知名度が上がった、ハーバード大学のサンデル教授の著作。書いてあることを我田引水してきて妙な誤解が広まらないか不安に思って、適時苦情を申し立てられるように中身をチェックしたついでに感想を記しておきたい。

内容を一言で言えば、倫理学の初学者向け共同体主義の啓蒙書。教科書でありつつ著者の思想を薦めてくる哲学書で面白く読める。学部の講義が叩き台になっているそうで、功利主義やカントの義務倫理が何だか分からない状態からも、リベラリズム懐疑論者が出来上がる親切構成。帰結主義(i.e. 功利主義)、義務倫理(i.e. リバタリアニズム、カント、ロールズ)を事例豊富に説明しつつ問題点を指摘し、共同体(と言うか社会)からの影響を重視する徳倫理がいかに人々が実際に持つ倫理に適っているかを説明してくる。カントの義務倫理は難解なのだが、その癖を把握するための説明がわかりやすい*1。ミーハーな感じがして避けていたのだが、さっさと読んでおけばよかった。

もっとも似非功利主義者である私の信条を変更するに足るかと言うとそうでも無い。リベラリズムの倫理とされるロールズ主義が、リベラルを自認している人々を含めて直観で下している倫理的判断にあわない部分があると言うのは良くわかるのだが、徳倫理(もしくは共同体主義)の方がより直観に即しているとしても、それだけでより望ましい考え方とは言えない。先人や社会によって道徳的な振る舞いが変わりうる非決定性があるし、先人がそうだからと言って、「一族をめた奴は、俺が死んでも必ず殺す!」と言い出す武士道のようなのを保存されても困る。

対象読者と用途を考えると当然だが、倫理学の最近の発展はキャッチアップしていない。功利主義について言えば、ベンサムの快楽功利主義についての言及はあるが、選好功利主義や客観主義については割愛されている。さらに進化心理学的な知見、例えば動物にもある(オキシトシンの分泌による)自他融合的な情緒的共感の快楽や選好への影響などを考えたとき、サンデル教授が言うほど功利主義は非直観的な結論を下さないかも知れない。浅学なので判別できなかったが、カントからの義務倫理あたりも同様かも知れないので、共同体主義に洗脳されたい人は、もう少し多面的な情報を集めよう。

本書を読んでもコミュタリアンになれるかどうかは定かではないが、リベラリズムの倫理とされるロールズ主義を批判した手軽な一般書と言うのはそうは無さそうなので、お勧め感は高い。初学者には、とても一般的とは言いがたい徳倫理の説明が出てくる学部の教科書を標榜する本を読むよりは、ずっとよい。ところで、日本語版の副題が謎。

*1例えば、リベラリズムにおいて、合意の上で受け入れる自発的債務の他に、仮説的社会契約から生じる普遍的で合意を必要としない自然的義務があることが整理して説明されており(pp.351–354)、カント(およびロールズ)を念頭に、「近代リベラリズムの枠内では…対等で自発的な同意なしでの人の心身への介入が否定(される)」と言うような誤解をしなくて済む。

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