男性が生得的に抱えがちな性格上の問題に対して、社会はもっとフォローすべきではないかと言う話ではなく*1、収入が十分に無い男性は女性に性的パートナーとして見てもらえず、結婚をして子供ができてもその性役割でしか評価されないことを「つらい」と嘆く、弱者男性論が非難されているエッセイ*2が話題になっていたのだが、弱者男性論者の本音を見誤っている気がしてならない。
エッセイの著者が悪いと言うよりは、ネット界隈の弱者男性論者の議論の仕方が良くないのだが、弱者男性論は「男性たちが…自分たちの境遇の改善を求める議論」ではなくて、女性が社会的に抑圧されていると言うフェミニストの主張を一方的だと否定するための議論である。もともとは、結婚相手にふさわしい男性がいないから女性が結婚できないと言う、社会問題の元凶を男性とするフェミニスト(に親和性のある人々)の主張*3を否定するために、「女性の上昇婚志向」が持ち出されたことぐらいからはじまっている*4。
納得できないその主張を否定するために、女性が専業主夫を養えば男女平等というような婉曲的な主張を繰り返したり、むしろ男性の方が弱い立場だと言い出したりする人が出てきて、弱者男性論がぼんやりと形成されることになった。弱者男性論は、不満や反論をはっきり言わず、婉曲的な言い方で周囲を困惑させているのに、皮肉を上手く言って相手を論破できたと勘違いしているおっさんの話であることに注意して欲しい。「低年収のオレとも誰か結婚すべし。」と言っていたとしても、文意は「女性は低年収の男とも結婚すべし。できないのであれば、男女で結婚に求めるものは違い、男女で求められる役割*5は異なることを認めろ。」になる。
弱者男性論者が「現実的にも実行不可能な解決策」を主張しているのはその通りで、フェミニスト(と言うか、自己中心的な世界観の女性)の主張を否定するのが目的であって、現実を改善する気はさらさらないから。ただし、弱者男性論者は、男女の社会的役割が異なることを指摘していることには注意したい。「政治や経済の領域におけるジェンダー・ギャップ」は、社会的役割が違う結果で、「この社会に女性差別が存在する」証拠だとは考えていない。また、女性のつらさが制度によるものに見えても、その制度は男女の選好など内在的な違いに起因すると考えている。例えば制度的な差別であった「医学部の入試不正問題」は、結婚した女医が労働意欲を減退させるという、女性の傾向性が原因と考えている*6。キャリアと出産・育児がトレードオフになるような制度であっても、割り切って選択できればつらさは感じない。
弱者男性論者はツイフェミ否定論者、現状の男女役割の維持を主張する保守派。米国のインセルのように女性自体に憎悪を抱いているとは言えないので、エッセイの著者が危惧するように、弱者男性論が女性への憎悪を煽っていく方向になるかは分からない。フェミニズムへの憎悪があるのは間違いないから、弱者男性論が広まればネット界隈でフェミニスト狩りが起きるかも知れないが。
*1調子にのった愚行で死にやすい他、アスペルガー症候群や自閉症には男性が圧倒的に多く、さらに男性の方が症状が惨くなる傾向があるそうだ(関連記事:なぜ女は昇進を拒むのか — 進化心理学が解く性差のパラドクス)。
*2「フェミニズム叩き」「女性叩き」で溜飲を下げても、決して「幸せにはなれない」理由(ベンジャミン・クリッツァー) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)
*3弱者男性、弱者男性論と言う単語はTwitterでは2009年から見られ、フェミニストは弱者男性のことも考えろという主張も2006年に(今は閉鎖された)ブログにはあったようだが、エッセイで議論されているような主張は2015年ぐらいからのようである。一時期、男性収入の低下が生涯未婚率の上昇を招いたという社会学者のエッセイが、話題になっていた(関連記事:ある社会学者の晩婚化への認識を検討する)。
*4何をもって上昇婚とするかで、議論に混乱がある(関連記事:日本における上昇婚)。
*5追記(2021/04/03 14:32):「男女が担う社会的役割」だと、弱者男性論者が思っているよりも強く規範的な主張になると言う指摘があったので、表現を変えた。なお、「男女の全体としての選好・欲求・関心の違いをもっとまじめに考えるべきだ」と言う見解であったが、主張の勢いを重視した。
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