2018年8月3日金曜日

東京医科大学は、開き直って統計差別を続けるべき

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東京医科大学が、女子受験生の点数を下げて、男子受験生の入学者数を増やそうとしていたことが発覚した*1。世間一般には非難の声が大きいようだが、医療現場にいる医師からは、性別に関係なく必要悪と言う声も上がっている。医師の供給数、病院の経営慣行の問題もあって、女医の増加が業務遂行上の障害になっている現実があるからだ。近い将来の医療需要減や、経営慣行の変更の困難さを考えると、男性医師の比率を高める施策を放棄するのは、大きな厚生損失を招くかも知れない。

1. 女性医師の増加は、医療現場で問題になっている

日本の医療制度は担当医制度などフルタイムで働ける医師に負担が大きくかかるように出来ているのだが、(1)女性医師は出産や育児の都合でパートタイムで働きたがる傾向がある。また、昼間は医師が概ね足りている一方で、夜間の当直に入れる医師が不足しているのだが、(2)女性医師は当直や緊急呼び出しを避ける傾向がある*2。女性医師の比率が大きい医療現場の男性医師の負担は大きい。さらに、外科など勤務環境が悪い専門には女性医師は行きたがらず、(3)女性医師の増加で専門ごとに過不足が大きくなる傾向がある。このまま女性医師が増加していけば、現在の病院経営では回らなくなるので、医療現場にいる女性医師からも、このまま女性医師の比率が増えることに危惧する声があがっているほどだ*3

2. 男性比率を高めるぐらいしか、現実的な解決方法が無い

仕事で病院と関わりのある人々は苦々しく承知していると思うが*4、医師や看護師は病院の日常業務を回していく事に強い公益性を見出し正義としているので、当直医不足により夜間・休日の死亡率が上がっても仕方が無いと割り切ることは受け入れ難い。

医師の数を増やして負担をシェアリングしていく方向もあるが、医師需要の予測を見ると近い将来ピークアウトする*5し、医師誘発需要*6の問題もあるので厚生労働省は及び腰だ。夜間当直の手当てを増やし、家事や育児を外部委託してでも女性医師がそれを担いたがるように誘導することも考えられるが、今でもそれを行なえるだけの賃金があることを加味すれば、女性医師は家庭を重視していると考えられ、そう大きな効果は望めない。

男性医師の比率を増やすことが小さくない公益になる。東京医科大学が男子生徒を優先して入学させていたことに、実はそれなりの合理性があったわけだ。医学部は他の学部と異なり、大学病院と言う就職先と一体化しており、(お礼奉公という下心もあるので)業界が抱える問題を共有できるのであろう。

3. 私大医学部入試における性差別に、大きな問題は無い

東京医科大学の入学選考は悪なのであろうか。男女機会均等を考えれば、悪だ。学力や技能において、女性が男性に劣るわけでは無さそうだ。しかし、需要者、そして負担を押し付けられる男性同僚医師の立場から言えば厚生改善になっている。法的にも、少なくとも私大は誰を入学させるかは自由とされてきたし、裏口入学や男女差別を行なう事は違法とはされなかった。女子大はもちろん、男子大も過去にはあった。黙って加点を行なうのは不法行為と言う指摘もあるが、米国の名門大学は人種ごとの加点を公表してきていないし、東京医科大学は女性も入学させているわけで、入学審査は行なっている。受験料を詐取したとは言えないであろう。大学は事実上の階層移動システムになっているので、学力(など素質)に対して公平に選抜して欲しいと思う人は多いであろうが、(私大内部の奨学金もあるとは言え)私大医学部の高額な学費を払える家計は社会の上層であり、私大医学部は階層移動装置ではない。

4. 根本的解決には時間がかかり、対症療法はバカにできない

一部の病院で女性医師にあわせて体制を見直したら、全体が働きやすくなったような風聞もあるのだが、現場の医師からそれを推す声は強く無さそうだ。英国など女性医師が過半数の国もあるので、医療制度を工夫したら何とかなる気もしなくもないが*7、それは厚生労働省が研究して施策を打つ必要があり、十年や二十年で何とかなるものでも無さそうに思える*8。すると、問題を改善する有力な方法である医学部入試における統計差別を、少なくとも短期的に放棄するのは厚生悪化につながる。根本的解決には時間がかかり、対症療法はバカにできない。私大医学部が男性医師の輩出を指向するのを、当面は止めるべきとは言えないはずだ。進路決定するときに生徒が差別されている事を認識できるように、男子大学にしたほうが良いかも知れないが。

追記(2018/08/03 16:15):看護師は女性職場で回っているわけで、女性医師も同様にできると言うコメントを見かけたのだが、養成コストの問題か医師よりは新卒者の供給が潤沢、かつ看護師は医師の5倍いるので一人に何かあったときに分担しやすく、さらに医師より交渉力が弱いので有無を言わさず夜勤に放り込みやすい事を忘れている。

*1東京医大、11年から女子受験者を大幅減点 合格率激減:朝日新聞デジタル

*2常勤勤務を避けた女医が挙げるその理由の上位に、当直・救急対応・オンコールが挙げられている(卜部 (2018)「滋賀県女性医師ネットワーク会議、滋賀県女性医師交流会での働き方改革の取り組み」勤務医ニュース,75号)。

*3錦織 (2015)「婦人科女医の独り言」豊中市医師会雑誌48号別冊

*4治療に使うから代金は払わないが医療機器を納品しろ、使った分だけ薬剤や備品の料金を払ってやるが、どれだけ使ったかは管理している暇は無い等と言われたことがあるであろう。

*52015年の「将来の地域医療における保険者と企業の在り方に関する研究会報告書」によると、外来医療需要は2025年、入院医療需要は2040年にピークを迎える。女性医師が好む当直を行なわない医師の需要は、近い将来、ピークアウトすることになり、大学の定員を大幅に増やすのは難しい状況となっている。一度増やした定員は、容易には減らせない。

*6医師誘発需要(Physician induced demand) – 医療政策学×医療経済学

*7追記(2018/08/04 06:40):比較参照されている国と、日本では医療制度の差異が大きい。日本の医療制度は(最先端と言う意味ではなく)とりあえずつまらない事では死なないと言う意味で高い医療サービスを少ない医師数と平均的な看護師数で実現しているが、人口あたりの病床数が多すぎで夜間当直の負荷が大きく、女性医師に向かない職場になっている。

前田(2018)「医療関連データの国際比較」日医総研ワーキングペーパーを見ると、フィンランドやフランスなど女性医師の比率と比較して、日本は人口あたりの医師の数は少ない(図2.1.1)一方、人口あたりの看護師はフィンランドとフランスの間にあり(図2.2.1)、かつ人口あたりの病床数がフランスよりも多い(図3.1.1)。日本の特異な体制の結果は悪くなく、75歳未満の適切な治療により予防可能であった死亡率(Mortality Amenable to Health Care; 年齢調整済)の国際比較を見ると、日本はフランスよりは悪いが、フィンランドやイギリスよりも良い。

駐日フィンランド大使館が女性医師の割合が高いことをアピールしていたが、参照しているコラムを読むと、医療アクセスを制限し、入院日数も厳しく削減することで、夜間の当直に必要な医師数も大きく抑えている可能性が高いことが分かる。個々の病院の裁量で真似をすることはできないし、医療制度の大改革になるのでよほど強力な政権でないと実現は難しいであろう。

*8何十年か経つと、人口減で高齢化ペースを超えて医療サービス需要が低下する一方、医学部の定員は自然には減らないので、放置しておけば、もしくはそのタイミングで医師の過重労働を軽減するような規制強化を行なえば、人口あたりの医師の数が増えて問題解決するかも知れない。

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