2018年8月16日木曜日

金融の教科書にある信用創造の説明を貶しても

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学部の金融の教科書には、だいたい次のような信用創造の説明があると思う。預金歩留まり率をαとするとき、H円のハイパワード・マネーを持つ銀行が、H円を融資するとαH円が預金として戻り、αH円を融資するとα2H円が預金として戻り、n回目の融資ではαnH円が預金として戻り、無限に続けて和をとるとH/(1-α)円融資になる。法定準備率βがあれば、H/(1-α+αβ)円が融資量の上限。先日出た経済学を説明するマンガ*1でも、この説明が踏襲されている。

1. 政策手段が金利でも、信用創造の説明自体は必要

この説明、MMT信者など内生的貨幣供給論者からよく非難されている。曰く、まず、お金の動きが実務と合致していない。銀行が融資する場合、預金口座に振り込むので、αH円の預金が戻って来るというよりは、預金のうち現金として引き出された一部分の中で預金に戻ってこないのが(1-α)H円あると説明する方が実態に近い。次に、ハイパワード・マネーの量が融資量の上限を定めると言う発想自体が間違っている。

お金の動きは説明のための方便で、採用していないテキストもあるし、ハイパワード・マネーが一定であれば、どのみち融資量の上限は変わらない。一方、金融政策は確かにマネタリーベースの供給量ではなく政策金利で行なっており、ハイパワード・マネーは融通アコモデートされる事になっている。何十年か前の学部の金融の教科書を読んでも、日本銀行はマネー乗数アプローチをとった事が無いと書いてあるはずだ。銀行は金利コストを考えて融資を定め、融資に応じたハイパワード・マネーの調達は大抵は適時できる。しかし、この説明だけで終わらせると問題が二つ出てくる。

  • アコモデートされない状況を説明できない。ボルカー時代のFedはハイパワード・マネーの量の方を政策目標に置いていたし*2、個々の銀行はその信用によって資金調達不能になるときがある。過去に存在した北海道拓殖銀行は法定準備が不足して過怠金が科せられている。今ならば、ロンバート型貸出制度で日銀から借りれば良いと思うかも知れないが、6日以上のロールオーバーでは金利に大きなペナルティがつく。銀行の偉い人は日銀から非公式な説教も食らうであろう。
  • 政策金利が銀行の資金調達コストを変化させる理由も、銀行がハイパワード・マネーを調達する理由も説明できなくなる。現金引き出しにしろ、銀行間決済にしろ、銀行はハイパワード・マネーを必要としているわけで、そうだからこそ銀行間市場から資金調達し、預金の獲得が銀行の利益に結びつき*3、政策金利が銀行の資金調達コストを左右するわけだ。

現代金融の話とは言えないが、金本位制の頃、特にフリーバンキング時代の銀行は、保有する資産、特に貴金属が信用創造の限界になっていたこともあって、教科書的には入れておかないと困ることになる。

2. 主流派経済学の議論を覆せるわけでは無い

言及しているのは良く見るのだが、非主流派経済学の信奉者が信用創造の説明を誤りとすることで、何を狙っているのかがよくわらない。「主流派経済学の信用創造の説明は間違っている。ゆえに、主流派経済学の他の議論も間違っている」と言いたそうな人々が多いのだが、ちょっと筋が悪すぎでは無いであろうか。中央銀行は政策金利を目標に維持するようにハイパワード・マネーをアコモデートするので、ハイパワード・マネーが内生的に定まるとして、それで主流派経済学の議論を覆せるわけでもない。

マネタリーベースの供給を増やしたからといって融資量が増えないという話であれば、かなり昔からある。マクロ金融のモデルは大抵は政策金利の方が入っているし、そうでなくてもマネタリーベースの供給量Mを政策金利iの関数M(i)に変えてもモデルの構造も政策的含意も変わらない。政策金利が融資量を決定するような話と、マネタリーベースの供給量が融資量を決定するような話は、大抵の議論において差は無い。

寡占化が進んでモノバンクに近い状態になって中銀当座預金での決済が不要になり、さらにスウェーデンや中国のように現金決済が忌避されるようになれば、銀行は本当にマネタリーベースに関係なく融資が可能になるが、このときは政策金利も意味が無くなる。そんなアナーキーな未来の議論であれば、かなりのマクロ金融理論は意味が無くなっているであろう*4。しかし、この場合も信用創造の説明は、預金歩留まり率α=1でマネタリーベースも政策金利も意味が無くなる事を教えてくれるわけで、教科書に残る理由がある。

*1本論とは関係ないが内容は吟味していないと言うか、監修からリフレ派主張が展開されていそうな気がする。バランスが悪いかも知れない。

*2金融市場が不安定になると言う欠点があったので、今は採用されていない。

*3手数料収入が増える効果もあり、調達金利の抑制だけが目的でもない。

*4ミクロ金融理論には政策金利もマネタリーベースも出て来ない。

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