ネット論客の青識亜論氏と元グラビアアイドル/現ライターの石川優実氏が、ここ数年で話題になった女性ジェンダーに関する問題に関して討論会を開いたのだが、司会進行の人が残念な展開になったと嘆いていた*1。どうも議論が噛み合わなかったらしい。青識亜論氏の方はよくツイートが流れてくるし、ある程度、話をしたこともあるのだが、なかなかフェミニストの皆さんにはとっつきづらいと思う。
1. 青識亜論と言う個性
青識亜論氏は、相手も合意できる原理原則から自分の主張を論証していくのではなく、煽り気味に相手の主張を揶揄することに集中してくるタイプ。また、早まった一般化(Hasty generalization)などの誤謬推理を展開することがある*2。議論になっている事象に詳しいタイプではないから、適時、説明してあげないといけない。教師型ではなく、生徒型。論点を見失わないように注意しつつ、話の流れをコントロールする必要がある。ただし、話を聞かないというわけでも、新たなインプットを拒むと言うタイプでもない。
2. 相対するのに向く人材
運動家ではなく、粘り強い教師になれる学者肌の博覧強記なフェミニストをつれてこないと、建設的な方向には進まない。ジェンダー論をやっている社会学者ではちょっと不足していて、マーサ・ヌスバウム級のフェミニストを連れてこないといけない。ちょっと大げさか。まぁ、マッチメイクに失敗しているというか、そもそも偉い人は忙しいのでマッチメイクが無理に近い。しかし、運動家である標準的なフェミニストでも、よく質疑応答を準備しておけば言いたいことを観客にアピールはできる。
3. 具体的な煽り節への応答例
実際に、青識亜論氏が出した質問に答えてみよう。
- 1. 性的役割分担の何が悪いんですか?
- 本当は無根拠なジェンダー・ステレオタイプを強化する可能性がある。世の中の制度や慣習には、経路依存性がある。例えば、ある職業の雇用主に「この仕事は女には向かない」と言う偏見があると、女性は就業機会が小さいことを予想して、その職業に就くための技能を獲得することを敬遠し、自己実現的に「女には向かない仕事」が出来上がり、雇用主の偏見が正当なものになってしまう。社会制度に経路依存性がある以上、現在ある性的役割分担が常に正しいとは限らない。理論的にはグラスゴー大学の林貴志氏の研究などで説明されている事象。
- 2. あなたは消費者の人権を侵害するんですか?
- リバタリアンの倫理として知られるノージックの権原理論の移転原理でも無い限り、一般に消費者が好きなものを購買する権利は、人権として無制限に認められていない。実際に、児童買春は規制されているし、フロンガスのように環境破壊をもたらし外部不経済があるものは規制されるが、人権侵害だとは認識されていない。帰結主義の立場から言えば、消費者の選択肢は、それが得られなくなる不利益の大きさと、それを規制することによる利益の大きさを比較して定めるべきである。コミュタリアンなど徳倫理でも、正当化はされない。カント流の義務論でも、消費者の選択肢の最大化を定言命法としている人々は少数であろう。
- 3. 全員ハイヒールのホテルで接客されたいという消費者がいたらどうするんですか?
- 消費者の利益の大きさよりも、女性従業員の不利益が大きいので、考慮する必要は無い。労働契約法第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとする」とある一方、パンプス、特にハイヒールの身体への影響はよく知られており、労働者保護の観点から議論の余地は無い。また、一般にホテル利用客は適切に接客されることを第一に求めており、ホテル従業員の具体的な服装でその利益が左右されるわけではない。ハイヒールで接客を強く望む利用客は、ごく少数である。女性従業員の制服でホテルを選ぶ人も、女性従業員のパンプスが見たいという理由で旅行に行く人も、聞いたことが無い。
- 4. 窮屈な服からの解放を社会に訴えたブルマの提唱者ブルーマー。そして法規制を訴えず自社ブランドを立ち上げたココ・シャネル。本当に女性が喜んでいるのはどちらですか?
- 誤謬推理、論点すり替え論法(Ignoratio elenchi)である。パンプスの問題は明暗の職場の服務規程の問題であり、パンプスの代替物ローファーは既に広く普及している。アメリア・ジェンクス・ブルーマーのように社会に女性用の運動着を、ココ・シャネルのように女性用のスーツを提案するようなことは、パンプスの問題の解決には要らない。
なお、ローファーをブルマを同じとして、ブルマが不人気だからローファーも駄目とするのは誤った類比(False/Bad Analogy)になる。また、ブルマとスーツの比較は、他にも選択肢があると言う意味で、誤った二分法(False Dichotomy)と言う誤謬推理である。さらに、ブルマと呼ばれるショートパンツは不人気と言う話に賛成させて、ブルーマーと言う人物が行った服装文化を変えさせる運動は女性のためにならないと言う別の話に賛成したかのように話を進める、語義曖昧論法の一種になっているかも知れない。ところでシャネルは法規制を訴えずとあるが、ブルーマーが訴えたという話も無さそうである。
- 5. ドレスコードをなくしたいんですか?
- 不合理なドレスコードを無くしたい。一部のドレスコードへの非難を、ドレスコード全体への非難と捉えるのは、限定条件無視の誤謬推理(Secundum quid)。
- 6.「不利益」という言葉は女子差別撤廃条約本文中には出てこない
- 女子差別撤廃条約の第1条に「人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するもの」と「不利益」と同じ意味の文があるので誤り。
- 7. そもそも加害って何?/ハラスメントの定義が曖昧
- 人権及び基本的自由が何なのかと言う問題は別に検討しないといけないが、女子差別撤廃条約の第1条で示される内容。
- 8. 男性の重労働と女性のヒールはトレードオフなのでは?
- 肉体労働を行う男性は、そのような職種に就いており、業務上、必要不可欠な行為となっている。一方、女性にハイヒールを要求する職種において、事業遂行上の必要性が認められることは無い。ローファーで事務も営業も販売もできる。
- 9. パワハラなど男性へハラスメントは、女性へのセクハラよりももっとあるのでは?
- 誤謬推理になっている。男性へのパワハラがあるからと言って、女性へのセクハラを容認すべき理由は無い。両方のハラスメントが無くなるようにしていくのが理想。
出された質問が、誤謬推理と言うか詭弁になっているところがあるので、ネット論客が用いがちな詭弁は把握して臨むほうがよさそうだ。
青識亜論氏の論を批判したい場合は、功利主義などによって裏づけされない教条的な自由主義者である事を意識しておくとよいと思う。自由主義は、例えば、人々の幸福の合計を最大化するために、人々は自らの快楽を模索する必要があり、そのために人々には自由が必要と言うように、他の原理から必要性を導くことができる。こうすることで、どのような自由が必要なのか自由の範囲を議論できるわけだが、青識亜論氏は他に原理原則を持たない。
一見、強そうに思えるが、教条的なので自由主義を正当化できない。「なぜ、そんなに自由が重要なのですか?」ですかと言う質問を投げかければ、萌え絵の表現規制がされれば、政治的発言も規制される云々と言うようなすべりやすい坂論法(Slippery Slope)などの誤謬推理に頼ってボロを出すかも知れない。出さなくても、原理的にはその場限りの(ad-hocな)正当化しかできないので、他の施策などで出された理由は解消できることを示せる蓋然性は高い。
追記(2020/02/25 00:35):青識亜論氏はどうも反転可能性テストと言いつつ、藁人形論法を展開しているときがあるので、ここも注意した方がよい。「ある状況にある人物がある行為をする(or される)ことが道徳的である」と言う主張に普遍化可能性があるか確かめるために、「同じ状況に異なる人物が同じ行為をする(or される)ことが道徳的である」かを考察することを反転可能性テストと言うのだが、青識亜論氏の話は入れ替える二人の立場と状況の関係が異なっている事があるし、さらに状況だけを入れ替えているときもあり、正しく反転していない場合がある。
例えば、「フェミニストが男性専用車両を作ってあげる義理はない」を反転可能性テストと題して、相手が意図せず「フェミニストが性犯罪被害者に寄り添う義理はない」とも主張していると言い出したわけだが、状況だけが変化しており反転していない。元の主張を普遍化すると「ある集団の為に活動している人々には、その集団以外の人々のために活動する義理はない」になるわけで、反転させれば「ミソジニーが女性専用車両に賛成する義理はない」ぐらいが妥当だ。
追記(2020/03/22 06:25):最近、リベラル・フェミニズムの性差ミニマリズムな点を取り上げて、ラディカル・フェミニズムが本来のフェミニズムではないと主張する、藁人形論法的な発生論の誤謬を犯している。どちらが本来かなんて言えないし、本来に近い主張がより正しいと言うわけではない。
4. 差別ってなんなんですかね
おお、二人とも、こんなベタな質問で詰まってしまうとは何事だ。煽り、煽られのディスカッションしかしていないと、基本的な見識をまとめられないのであろう。
さて、字句定義で言えば、差別は公平に扱わないことを意味するけれども、質問の意図はちょっと違う。人々は差別をすべて不当とは思っていない。例えば、家族を扶養する一方、他者に同様に手を差し伸べない事を非難する人はほぼいない。ゆえに御題は、不当な差別とは何なのかである。
何をもって不当とするかは、寄って立つ倫理、規範に依る。しかし、広い話になって見解が一致しなさそうなので、特定の組織の行為においては、その組織の目的に合致した差別(取り扱いの相違)なのかで、正当なのか不当なのかを決めることをお勧めしたい。最近の日赤の話であれば、日赤の基本理念を確認した上で、それとの整合性を考えればよい。パンプスの件では、パンプスが職場の目的や義務に合致するかを検討すればよい。
ただし、この観点ではその組織の目的にはあっている差別ではあるものの、社会のあり方を歪めたり/社会的弱者に配慮がないと言うようなものの場合は対応できない。やはり規範的基礎、どういう倫理を重視しているのか言及しないと、話が進まない*3。多種多用な倫理観を持つ人々が集まっている女性の権利拡大運動としてのフェミニズムはここが弱かったりするのだが、功利主義あたりで正当化するのは難しくない*4ので、ヒマならば考えてみるのもよいであろう。
5. おわりに
ネット界隈のフェミニストの皆さんの表現規制の主張の根拠や、パンプスに関する一連の主張には実証的な側面からかなり疑問がある*5のだが、そこの議論に辿り着かないのは残念なので持論を整理し、幅広くインプットを続けて頑張って欲しい。
追記(2019/11/19 17:28):議事録をアップロードしてくれた人がいたので、青識亜論氏が出した質問とそれへの私なりの回答を追記した。
*1青識vs石川イベント 感想殴り書き|九月 小保内太紀|note
*2関連記事:青識亜論と小宮友根のフェミニストいかにあるべきか論争の問題点
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