2018年9月17日月曜日

青識亜論と小宮友根のフェミニストいかにあるべきか論争の問題点

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日本人女性が海外で性的に奔放になると言うほぼ無根拠な偏見があるのだが、それに関するあるツイートでのやり取りを枕に、ネット論壇リバタリアンの青識亜論氏とフェミニストの社会学者の小宮友根氏が『「日本人女性は簡単にやらしてくれる」と言う主張は、日本人男性をも侮辱した発言である』と言う考え方を、フェミニストは批判すべきか否かと言う議論していた。

数学読本を読んでいて忙しかったし、長くて全体を把握するのは大変でスルー気味だったのだが、『これを読めば、小宮-青識論争に最短で追いつける(完結)』と言うマトメが出ていたので、これを読んで二人の議論の仕方の問題点をそれぞれ述べたい。

1. 青識亜論氏の議論の問題点

青識亜論氏が想定するフェミニズムの理念は、フェミニストに共有されているものであろうか。フェミニズムには色々とあり、女性の権利拡大/地位向上を目指す以上の一貫した立場と言うのは無さそうである。HeForSheの理念を参照しているが、最近でてきた運動の一形態であり、当てはまらないのも多く出てくるであろう。

フェミニストも、「日本人女性は簡単にやらしてくれる」をフェミニズムと関係のないところで侮辱と取りそうである。「性に開放的」と言う指摘であれば、性的役割分担からの開放を主張するフェミニズム規範から高い評価とも言えなくもないが、「簡単にやらしてくれる」だから、日本人女性は恋愛市場において価値が低い安物だと言われていると取っても不自然ではないからだ。

HeForSheの理念から、侮辱ととってはならないとも言えない。HeForSheは、性的役割分担を無くそうと言う運動に男性も関与してもらおうと言う話で、男性が担ってきた性的役割を女性と役割をシェアすると言う意味で、男性が強くなくてよいと主張している。男性でも女性でも怒り出すのであれば、男性が怒ってもマッチョイズムとは言えない。

2. 小宮友根氏の議論の問題点

この議論において小宮友根氏は、

  1. 「簡単にやらしてくれる」は、社会通念上の侮辱表現に含まれる
  2. 相手が相手の価値観に基づく蔑視を表明した場合、侮辱したと捉えてよい

と主張しており、フェミニストか否かに関わらず侮辱ととるべきと指摘している。一見、それらしいのだが、無問題ではない。

(1)に関しては、(江口某氏が小宮青識論争観戦記で指摘しているが)元のやり取りでは「真顔で聞かれると」と書いてるので、社会通念に照らしても侮辱とも言い切れない可能性がある。

(2)に関しては、ad-hocで他の局面では採用できないかも知れない問題がある。事実に基づく不道徳な行為に対する非難も、侮辱となってしまうからだ。誰かを不道徳だと非難するとき、ある種の蔑視はそこにあるからだ。人種差別主義者を、人種差別主義者と非難することは許されないのか? — そうだとしたら社会学者には窮屈な道徳になるであろう。

小宮氏が青識亜論氏を多重質問の誤謬/誘導尋問だと非難している点については、小宮氏の国語力に疑念がある。小宮氏は「あなたは馬鹿にされ、喧嘩を売られている」は「怒るべき」を含意せずに、「差別的な価値観に乗るな」と言う趣旨であると主張しているのだが、無理がある解釈だ。“あなた”が不当に扱われていると言う指摘は、大抵、“あなた”は正当に扱われるように振舞うべきと言う規範的な意味を内在している。青識亜論氏がこの点において詭弁を弄したとは言えない。

また、「差別的な価値観に乗るな」と言う趣旨だからフェミニストはこれを批判するにあたらないと指摘しているが、「あなたは怒るべき」だとしても、前節で示した理由から、フェミニストはこれを批判するべきとも言えない。青識亜論氏の質問も的を得ないが、小宮友根氏の反論も筋がおかしい事になっている。

3. 最初にフェミニズムの理念を整理すべきであった

ネット界隈の議論の進め方でよくある展開なのだが、最初に議論の出発点を合意しなかったので、ぐだぐだになっている。青識亜論氏は藁人形論法気味にフェミニストを煽っているわけだが、小宮友根氏もフェミニストの社会学者の癖にフェミニズムの理念の解説を避け、青識亜論氏のレトリックを非難することに終始したために、おかしくなってしまったようだ。ジェンダー周りの社会学者、全般に単語の選び方を含めて議論の進め方が粗雑なところがあり、この議論に関連した牟田和恵氏の青識亜論氏への非難も錯乱している。あの界隈、「あれだよね~そうだよね~」と言う内輪のりで研究していて、長年従事していると国語力が落ちて来ているのではないかと心配になる。

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