2018年1月17日水曜日

MMT教祖はバブル回避のために財政赤字を出せと言っている

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非主流派経済学として徐々に注目を浴びてきたMMTだが、MMT信者の説明は多種多様で全体像が掴みづらい。先日も、ある熱心なMMT信者が、主流派経済学では簿記の仕分けと矛盾するが、MMTではそうでは無いようなことを力説していたが、何か色々と勘違いがされていそうだ。ミクロ経済学の企業行動などシンプル極まりないので簿記に落とし込めないわけがなく、そこが論点になるとは考えづらい。別のMMT信者は、ハイマン・ミンスキーの議論をよく参照している。

MMT信者の説明が洗練されるのを楽しみに待っていたところもあるのだが、MMT教祖WrayのModern Money Theory 101: A Reply to Criticsと言う説明が流れてきたので、ちょっと読んで見た。簿記や会計とは大して関係の無いところに、MMTの特徴はあるようだ。さすがに教祖は自分の唱えている事は理解しているらしい。ただし、信じるに値するかは別だ。

信者も批判者も十分に把握していない気がするのだが、MMT教祖は資金循環統計における資金過不足としての、黒字と赤字を土台に議論している。財政赤字と個別企業の黒字を結びつけたりはしていないし、財政赤字が無いと企業が成長しないとも言っていない。さらに雇用拡大を狙った拡張的財政政策を否定している*1し、雇用対策は雇用保障プログラム(JGP)に任せると言っている。さらに、インフレも容認していない。景気の金利コントロールも否定しており、ゼロ金利を維持して財政でインフレ率を制御すべきだそうだ。

MMT教祖は資金循環表とは明確には言っていない。しかし、海外部門と政府部門が無ければ、民間部門の純金融資産/負債はゼロになると明確に示している(p.16)。借り手も貸し手も民間部門にいれば、合算したら債権と債務は一致するのでこれは意外ではないであろう。ここから、通貨や国債が無ければ、株式など純資産は実物資本に合致する事になる。MMT信者から財政赤字が無いと経済成長しないと言う言説があるが、実物資本が増加する純投資が正の領域において、財政赤字が無くても経済成長はするとMMT教祖は示唆している。

MMT教祖が民間部門のバランスシートの議論で言いたいのは、民間部門が国債を保有すると、その分、民間部門の名目値の純資産が増加すると言うことだ。そしてインフレにならない限りは、民間部門が望むだけ国債を保有させるべきだと主張している。ここで疑問を抱かない人は鈍い。MMT教祖は拡張的財政政策による完全雇用達成は否定しているので、なぜ民間部門に国債を保有させたいのか別に説明がいる。そして、4番目の結論としてp.19に説明されている。

A fourth conclusion is that for the stability of the economic system, it is usually important that the domestic private sector not be a net borrower. Indeed, if the domestic private sector is a net borrower, this implies that the amount of net financial assets held by the domestic private sector is declining because borrowing from other sectors grows faster than the gross accumulation of financial claims on other sectors. As a consequence net worth declines unless the nominal value of real asset grows fast enough through asset price appreciation. This is exactly what happened during the recent housing boom when the speculative boom of housing prices was rapid enough to sustain the wealth of households in spite of unprecedented borrowing. Of course, all this is in line with Minsky’s Financial Instability Hypothesis (Tymoigne and Wray 2014). The implication of having a domestic private sector being a net lender is that the federal government sector has to be in deficit unless the foreign sector is willing to be in deficit.(拙訳:4番目の結論は、経済システムの安定のために、国内民間部門が資金不足主体では無いことが大抵重要であると言う事である。実際に、国内民間部門が資金不足主体であるとすると、これは、他の部門からの借入の増加が、他の部門への金融債権の総蓄積よりも速いために、国内民間部門が保有する純金融資産の総量が減少することになる。結果として、資産価格の上昇を通じて、実物資産の名目価値が十分に増加しない限り、純資産は減少する。これは正に、前例のない借入にも関わらず、住宅価格の投機ブームが家計の富を維持するのに十分急激であったときの近年の住宅ブームの間に起きたことである。もちろん、これ全てがミンスキーの金融不安定仮説に沿ったものである(Tymoigne and Wray 2014)。国内民間部門を資金余剰主体にすることの含意は、外国部門が赤字であろうとしない限りは、連邦政府部門が赤字でなければならないと言うことである。)

平たく言えば、財政赤字を出しておけばバブルは起きないと、MMT教祖は言っている。民間保有の純金融資産の総量が減少するからと言ってバブルが生じる理屈が謎なのだが、どうも経験的にそのように言えると思ったらしい。税金で国内民間部門から通貨もしくは国債を回収するとバブルが生じると言うよりは、バブルが生じて税収が増加するのでは無いであろうか。この辺の識別は計量的に行なう必要がある。引用先の著作*2を確認するまでトンデモとは結論できないが、既存の数理モデル*3からはちょっと考えづらい結論である。情報の非対称性が増すわけでも、裁定者が資金不足に陥るわけでも無いし、世代重複モデルの通貨のように貯蓄手段として不動産などがバブルになった場合*4、構造的にバブルは弾けない。

MMT教祖の主張の是非はさておき、MMT信者はバブル回避のための財政赤字と言う理屈に納得しているのであろうか。財政赤字の拡大自体は否定しないところだけを引っ張って来ている気がするのだが、かなり独特の議論が展開されている。

*1"MMT does not rely on increasing aggregate demand in order to reach full employment"

*2Tymoigne and Wray (2014)は索引を見ても存在しないので、2013を見るべきのようだ。

*3Brunnermeier (2007)を参照。

*4教科書的なモデルでは貨幣が減る事によりデフレになるであろうが、物価に下方硬直性があれば貨幣の代替物が生じるかも知れない。

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